御曹司は偽婚約者を独占したい
「とにかく今は、冷えた身体を暖めることが先決だ。とりあえず、帰ってうちのバスルームに直行だな」
けれど、俯きそうになった気持ちは、彼の思いもよらない言葉にかき消された。
帰って、うちのバスルームに直行? それって、どこのバスルーム?
「あ、あの、それって……」
「俺の家はここから歩いて十分だし、傘は俺のものがあるから、わざわざ買わなくても一緒に入っていけばいい」
「こ、近衛さん?」
「確か昨日、美咲も明日は休みだと言っていたし、明日は俺も休みだから、そのまま泊まっていくか? 着替えは……まぁもう、どうとでもなるだろう。とにかく早く帰って、身体を暖めよう。すでに少し、顔も赤いような気もするし」
それはきっと、あなたのせいです、とは言えなかった。
一通り言い終えた近衛さんは、そうすることが当たり前のように私の身体を抱き寄せた。
突然のことに驚いて目を見張った私の前で、彼は傘立てから黒い傘を取って開く。
「濡れるから、俺から離れるなよ」
すでに濡れている私を躊躇なく抱き寄せる彼の腕は──温かかった。
その温度に気づいてしまった私は抵抗する気も起きなくて、ドキドキしながら彼に連れられるがまま雨の中を歩いた。