御曹司は偽婚約者を独占したい
「バスタオルは、これを使えばいい」
渡されたバスタオルには、タグがついたままだった。
それを目の前でパチンと切ってみせた近衛さんは、手を伸ばしてバスルームの明かりをつける。
「バスルームの使い方は、さすがにわかるな。着替えもここに置いておくから、ゆっくり暖まってくるといい」
「ありがとうございます。あの……結局、近衛さんのコートも濡れてしまって、すみません……」
俯きがちに謝ると、頭にポン、と大きな手が乗せられた。
ゆっくりと顔を上げれば、綺麗な瞳が私のことを見下ろしている。
「もういいから、早くシャワーを浴びてこい。濡れた服はそのうち乾くしだろうし、どうにでもなる」
そうして柔らかに笑った近衛さんは、踵を返して脱衣所をあとにした。
ふわりと空気が揺れて、扉が完全に閉まったことを知らせてくれる。
彼の気配がなくなったのを確認した私は、ようやく脱力して息を吐けた。
……ああ、もう。なんでこんなことになっているんだろう。
自分が今、あの〝窓際の彼〟の家にいるなんて信じられない。
それも、バスルームを使わせてもらうことになるなんて……変な夢でも見ているみたいだ。