御曹司は偽婚約者を独占したい
そんなパレットでバリスタ兼フロアスタッフとして働き始めて早三年。
アットホームな雰囲気のこのお店に集うスタッフも素敵な人たちばかりで、今では家族よりも顔を合わせる時間が長い。
私はパレットが大好きだった。
開店当時からの常連さんともスッカリ顔馴染みで、「今日も美咲(みさき)ちゃんの淹れたコーヒーが飲みたいよ」なんて声を掛けてもらえることが、今は一番の励みにもなっていた。
「鈴木さんも渡辺さんも予定が入ってるみたいでさ。急だし、仕方ないんだけど……」
そんなパレットの閉店間際には、約二ヶ月ほど前から必ずと言っていいほど、あの窓際の彼が訪れていた。
たった一杯のブレンドを頼み、それを飲み終えると閉店の五分前には席を立って帰っていく。
ダークネイビーのスリーピースが良く似合う、名前も知らない窓際の彼。
背筋を伸ばして座る姿はいつも気品があって、横顔は芸術品のように美しかった。