御曹司は偽婚約者を独占したい
「……近衛さんは本当に、仕事以外では思ってもないことは言わない主義なんですよね?」
「うん? ああ、そうだな」
「それは、仕事では上手に嘘も使いこなすということですよね?」
私の言葉に一瞬目を丸くした彼は、何かを考え込むように口籠ったあとで、「ああ」と一度だけ頷いた。
「取り引きや、商談をまとめるために嘘や方便を使うことはある。でもそれは、お互いが気持ちよく仕事をするための、ひとつの方法だと割り切ってのことだ」
キッパリと言い切った彼の考えはきっと、間違っていない。
例え気の合わない相手でも、仕事で良好な関係を築くためなら、嘘のひとつもつかなければいけないこともあるだろう。
それは決して、嘘をつくことを肯定しているわけではない。
お互いが気持ちよく仕事をして、良い結果を産むためには、時には嘘も必要だというだけの話だ。
「それが、どうかしたのか?」
「いえ……。変なことを聞いてしまって、すみません」
自嘲気味に笑うと、再びそっと睫毛を伏せる
……ああ、私って、バカだなぁ。
彼に恋をしてしまったことを認めたあとで、こんなことを聞いても虚しくなるだけなのに。
だって、私が彼の偽者の婚約者を務めるパーティーは、ルーナの社長の結婚披露宴後に行われるパーティーだ。
つまりそれは、私のことも含めたすべてが、彼にとっては〝仕事〟の一貫だということを示唆している。
だから彼の言うとおり、彼が仕事以外では思ってもないことは言わない主義だというのは、そういうことだ。
彼が私に言う甘い言葉はすべて仕事の一貫で、〝必要な嘘〟にすぎないということだった。