御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「お、おはようございます……」

「今更隠しても、意味がないだろう?」


「昨日、全部見たのに」なんて続けた彼は、胸ポケットからタバコを取り出しかけて、手を止めた。

た、確かに全部見たし、見せたけど……!

でも、そういう問題ではない。

冷静になってしまうと余計に昨夜のことが生々しく思い出されて、顔が沸騰したように熱くなった。


「タ……タバコ、吸われるんですね……。大丈夫なので、吸ってください……」

「いや、やめておく。美咲にタバコの匂いはつけたくないしな」


けれど、必死に話題を変えた私とは裏腹に、いつもとなんら変わりのない様子の近衛さんは、フッと小さく息を吐いた。


「昨夜、君を抱いて気がついたけど、美咲は髪からもコーヒーの香りがするな」


言いながら伸びてきた手が、私の髪をすくい上げた。

それをくるくると面白そうに指先で遊ぶ彼を前に、また頬が熱くなる。


「美咲の香りは、嫌いじゃない」


彼が動くたびにベッドのスプリングが唸って、昨夜の情事を思い出した。

 
< 82 / 143 >

この作品をシェア

pagetop