御曹司は偽婚約者を独占したい
「もっと時間があれば、オーダーメイドもできたんだけどな。今回は、これで我慢してくれ」
「そ、そんな……! むしろ、今回買っていただいたものでも私には勿体無いくらいですし、もう十分です……! ありがとうございました……!」
慌てて頭を下げると、彼は「まぁ、次の機会にな」なんて言いながら、自身の腕時計を確認した。
「他にどこか、行きたいところはあるか?」
改めて尋ねられると、悩んでしまう。
他にどこか、行きたいところ……。私としては近衛さんと一緒にいられるなら、どこだって構わない。
「私は大丈夫なので、近衛さんの行きたいところに──」
けれど、「近衛さんの行きたいところに行きたいです」と、言いかけたところで突然、近衛さんの携帯電話が鳴った。
「悪いな」と言い添えて電話に出た近衛さんは、受話器の向こうの相手と手短に話をする。
なんとなく、仕事の電話なのだろうと感じたのは、近衛さんの表情が変わったからだ。
案の定、「……わかりました」と返事をして通話を終えた近衛さんは、一度だけ小さく溜め息をついたあとで、改めて私に向き直った。
「すまない、急ぎの仕事が入ってしまった」
申し訳なさそうに眉尻を下げた彼は、私の瞳の奥を覗き込んだ。
「頼まれた書類を先方に届けるだけだから、あまり時間は掛からないと思うけど──」
「大丈夫です。私のことは気にしなくていいので、お仕事に行ってください」
近衛さんの言葉を切って、笑顔を見せる。
本当はもう少し一緒にいたかったけれど、仕事なら仕方がない。
もとより、私とのイレギュラーな予定なら、たった今終わったところだから、仕事に行ってもなんの問題もないだろう。
むしろ、大切な要件なら、今すぐ仕事に向かうべきだ。