きみの知らないラブソング


「陽加ちゃんから聞いたんだけど」



そんな前置きから始まった。

陽加を含め、音楽部の間では有名な話らしい。
茉衣たちが通う高校には・・・いや、正確に言えば高校の音楽室には。とある噂がある。

単刀直入に言えば、それは過去に行くことができるということ。

詳しくは分からないそうだ。ある日のある時間、何らかの偶然がぴったり重なった時。その時だけ。しかもそのタイミングに強く願った人だけが過去へ行ける。
そんな、証拠もない不思議な噂だった。

それが何となく語り継がれている。



「ヤバくない?!」

広菜は興奮気味だった。無理はない。
それを聞く茉衣もまた少なからず興奮していた。
食べ物に伸びる手も止まる。

「うん・・・ヤバイ!」

その噂の真偽よりも、まず噂になっているということ自体に興味が湧いた。


「ま、信じられないけどさぁ。
でも、もし過去に行けたらやり直したいことってきっとたくさんあるよね」


広菜が小さく息をふう、っと吐いて笑う。
その表情が一瞬にして変わった。
少し遠くを見る。その目は何か大切なことを思い出しているようだった。

「私さぁ」








全然知らなかった。
急に胸が痛くなる。こんな気持ちは初めてだった。







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