きみの知らないラブソング




落ちかけたリュックを肩に掛け直す。
気持ちが落ち着かなくて息苦しさを覚えた茉衣は、家までの道をゆっくりと歩いた。


国道沿いに並ぶ木々の緑が大きく揺れた。

夏の風が吹いている。

そのおかげで気温の割に涼しく感じる。






「・・・ただいま」


ポツリ、落とした声が玄関で消えた。
モヤモヤした感情が込み上げてくるのをぐっと飲み込んで靴を脱ぐ。茉衣は母親と顔を合わせずにそのまま階段を上っていった。



徐に部屋のドアを開ける。

一日の疲れが急に押し寄せてきた。
思い切りベッドに寝転び枕に顔を押し当てる。

ぼんやりしていると突然スマートフォンが鳴った。





《何かあった?》


相手は広菜だった。さすがに異変に気付かれているようだ。茉衣が既読を付けるや否や電話が騒々しく鳴った。躊躇いながらも茉衣は通話ボタンを押した。

「もしもし、茉衣?」



「・・・もしもし」

怖かった。それなのに。
声を聞くだけで不思議なほど安心した。
それは、茉衣が心のどこかで広菜の存在を必要としているからだろう。

いつもは強気な広菜の声が弱々しく聞こえた。



「ごめん。茉衣の気持ち・・・気付かなくて」

その言葉を聞いた瞬間、茉衣は堰を切ったように泣き出した。熱い雫が瞼から零れ落ちて、ベッドに染みた。
何も、言えなかった。


広菜の声にただ耳を傾ける。

優太のことが好き。
それは茉衣も広菜も同じだ。



「私は茉衣と気まずくなりたくない」

小さな声でうん、とだけ返事をした。
涙が出るばかりで声が上手く出てこなかった。


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