青いチェリーは熟れることを知らない①
まさか自分が退出した後の空間でそのようなことが起きているとは思わなかったちえりは、こりゃまた別な問題と直面し……聴力をフル活用させていた。
『クゥ~ン……』
「……っ!? いまの声……チェリー!?」
どこの部屋から聞こえたのかと、視界に飛び込んできたいくつかの扉を凝視する。
すると、ちえりの声がチェリーにも届いたらしく寂しそうな彼女はもう一度小さく鳴いた。
『クゥ~ン!』
愛犬家のちえりにとって、わんこの悲しそうな声や怯えている姿を見るのは何よりも耐え難く辛いものだった。
「どこ? チェリー! どこにいるの!?」
もちろんこの声はリビングにいる皆に届かないよう少しはボリュームを抑えた音量である。
鳥居隼人に断るより早く、ちえりの"寂しがっているチェリーを早く抱きしめて安心させてあげなきゃ!!"の脳は彼女の行動に拍車をかけた。
――コツコツ……
耳を澄まして彼女の声の在り処を探していると、すぐそこの扉をチェリーの爪が当たる音が聞こえて――
(ごめん! 鳥頭っ!!)
「ここねっ!」
――ガチャッ!
扉を開けると、照明を少し落とした部屋にベッドがひとつと……足元には激しく尻尾を振ったチェリーがキラキラした瞳で飛びついてきた。
「チェリーーッ!!」
「キューン! ハッハッ!!」
まるでキャンディを舐めるかのように、嬉しそうに鼻を鳴らしながらちえりの顔を舐めまわすチェリーと感動の再会を果たしたちえりもまた全身で彼女に愛情を伝える。
揉みくちゃになったダブルチェリーは一頻り戯れたところで、彼女がここに閉じ込められている理由に気づいてまた気落ちしてしまった。
「……チェリーがここに閉じ込められているのって……やっぱり私たちが来たからだよね」
(ううん、私と瑞貴先輩が一緒に住んでるのがバレないようにって自分の部屋を提供してくれた鳥頭とチェリーを犠牲にしたのは私だ……)
「ごめんねチェリー……鳥頭……」
ぎゅっとチェリーを抱きしめながら謝ると、腕の中の彼女は"そんなことないよ"とでも言うようにちえりの頬を舐めて、甘えるようにお腹を見せてゴロリと目の前に転がった。
「……なんていい子なんだろう……」
本当にチェリーが許してくれているかどうかはわからないが、可哀想なことをしてしまった分、ちえりは彼女にそれ以上の幸福を与えてあげようと心に誓った。
(言葉がわからないからこそ、伝わるだけの行動を起こさなきゃ)
そして彼女は恐らく夕食に在りつけていないであろうことに気づいたちえり。
「そうだ……」
リビングを出た際バッグを持ってきたことを思い出し、そこに放り投げていたものを引き寄せると――
「じゃーん! チェリーもこれ好き? この前お邪魔したときチラッと見えたんだ。タマもこれ大好きでさっ♪」
まさか鳥居の部屋でこれを見るとは思っていなかった。
ペットを飼っていなくとも、日本人であれば誰もが聞いたことのあるペットフードの老舗が販売している無添加のささみジャーキーである。
「これね、ちょっと火で炙ると香ばしい匂いがしてたまんないんだよね~!」
ちえりが幼犬用のパッケージを見せながら満面の笑みで彼女へ語り掛けると、自分に出されるものであることを瞬時に感じ取ったチェリーは興奮しているにも関わらず、きちんとお座りをしてその時を待っている。
「ほんとお利口さんだね。チェリー……」
こんなにいい子を悲しませていたかと思うと涙があふれてくる。
すると、"……どうしたの?"と言いたげに振っていた尻尾を止めてしまっている彼女に気づく。
おやつを前に自分がしんみりしていては、賢いチェリーはそれを察知し、いつまでも食べることができない。
「あ……ごめん! え、えっと……たぶんこのあとご飯もらえるだろうから……このくらいかな?」
チェリーの年齢や体重を考慮し、すこし控えめに手の平に出すが……チェリーはちえりの顔とジャーキーを見比べるだけで食べようとはしない。
「食べていいよ、チェリー」
と、言ったものの。
それでも我慢強くお座りしているチェリー。
「ならば!! ここはスマートに! ……よしっ!!」
そう言うと、勢いよくお尻を持ち上げたチェリーは嬉しそうにジャーキーへ飛びついた。ベロベロと匂いのついたちえりの手の平まで丁寧に舐める。
「あはっ! くすぐったいよ」
わしゃわしゃと彼女の硬めの毛並みを感じながら再び撫で繰り回す。
「残りはお前の飼い主さんに渡しておくね……」
(……戻りたくないな……)
優しい愛の塊のようなチェリーと触れ合っていると、あまりの心地よさにずっと浸ってしまいたくなる。
(……人間関係って、難しいな……)
『クゥ~ン……』
「……っ!? いまの声……チェリー!?」
どこの部屋から聞こえたのかと、視界に飛び込んできたいくつかの扉を凝視する。
すると、ちえりの声がチェリーにも届いたらしく寂しそうな彼女はもう一度小さく鳴いた。
『クゥ~ン!』
愛犬家のちえりにとって、わんこの悲しそうな声や怯えている姿を見るのは何よりも耐え難く辛いものだった。
「どこ? チェリー! どこにいるの!?」
もちろんこの声はリビングにいる皆に届かないよう少しはボリュームを抑えた音量である。
鳥居隼人に断るより早く、ちえりの"寂しがっているチェリーを早く抱きしめて安心させてあげなきゃ!!"の脳は彼女の行動に拍車をかけた。
――コツコツ……
耳を澄まして彼女の声の在り処を探していると、すぐそこの扉をチェリーの爪が当たる音が聞こえて――
(ごめん! 鳥頭っ!!)
「ここねっ!」
――ガチャッ!
扉を開けると、照明を少し落とした部屋にベッドがひとつと……足元には激しく尻尾を振ったチェリーがキラキラした瞳で飛びついてきた。
「チェリーーッ!!」
「キューン! ハッハッ!!」
まるでキャンディを舐めるかのように、嬉しそうに鼻を鳴らしながらちえりの顔を舐めまわすチェリーと感動の再会を果たしたちえりもまた全身で彼女に愛情を伝える。
揉みくちゃになったダブルチェリーは一頻り戯れたところで、彼女がここに閉じ込められている理由に気づいてまた気落ちしてしまった。
「……チェリーがここに閉じ込められているのって……やっぱり私たちが来たからだよね」
(ううん、私と瑞貴先輩が一緒に住んでるのがバレないようにって自分の部屋を提供してくれた鳥頭とチェリーを犠牲にしたのは私だ……)
「ごめんねチェリー……鳥頭……」
ぎゅっとチェリーを抱きしめながら謝ると、腕の中の彼女は"そんなことないよ"とでも言うようにちえりの頬を舐めて、甘えるようにお腹を見せてゴロリと目の前に転がった。
「……なんていい子なんだろう……」
本当にチェリーが許してくれているかどうかはわからないが、可哀想なことをしてしまった分、ちえりは彼女にそれ以上の幸福を与えてあげようと心に誓った。
(言葉がわからないからこそ、伝わるだけの行動を起こさなきゃ)
そして彼女は恐らく夕食に在りつけていないであろうことに気づいたちえり。
「そうだ……」
リビングを出た際バッグを持ってきたことを思い出し、そこに放り投げていたものを引き寄せると――
「じゃーん! チェリーもこれ好き? この前お邪魔したときチラッと見えたんだ。タマもこれ大好きでさっ♪」
まさか鳥居の部屋でこれを見るとは思っていなかった。
ペットを飼っていなくとも、日本人であれば誰もが聞いたことのあるペットフードの老舗が販売している無添加のささみジャーキーである。
「これね、ちょっと火で炙ると香ばしい匂いがしてたまんないんだよね~!」
ちえりが幼犬用のパッケージを見せながら満面の笑みで彼女へ語り掛けると、自分に出されるものであることを瞬時に感じ取ったチェリーは興奮しているにも関わらず、きちんとお座りをしてその時を待っている。
「ほんとお利口さんだね。チェリー……」
こんなにいい子を悲しませていたかと思うと涙があふれてくる。
すると、"……どうしたの?"と言いたげに振っていた尻尾を止めてしまっている彼女に気づく。
おやつを前に自分がしんみりしていては、賢いチェリーはそれを察知し、いつまでも食べることができない。
「あ……ごめん! え、えっと……たぶんこのあとご飯もらえるだろうから……このくらいかな?」
チェリーの年齢や体重を考慮し、すこし控えめに手の平に出すが……チェリーはちえりの顔とジャーキーを見比べるだけで食べようとはしない。
「食べていいよ、チェリー」
と、言ったものの。
それでも我慢強くお座りしているチェリー。
「ならば!! ここはスマートに! ……よしっ!!」
そう言うと、勢いよくお尻を持ち上げたチェリーは嬉しそうにジャーキーへ飛びついた。ベロベロと匂いのついたちえりの手の平まで丁寧に舐める。
「あはっ! くすぐったいよ」
わしゃわしゃと彼女の硬めの毛並みを感じながら再び撫で繰り回す。
「残りはお前の飼い主さんに渡しておくね……」
(……戻りたくないな……)
優しい愛の塊のようなチェリーと触れ合っていると、あまりの心地よさにずっと浸ってしまいたくなる。
(……人間関係って、難しいな……)