青いチェリーは熟れることを知らない①
間髪入れずに即答した鳥居。
それよりも"瑞貴先輩"に光の速さで反応するちえりに腹が立つ。
「……そ、そっか。……って、もしかして私寝ちゃってた……?」
愛しい重さに気づいて視線を下げると、ちえりに寄りかかってまどろんでいるチェリーがいた。
「もしかしなくても。寝室に侵入してまでわざわざ床に転がってるとは正直思いませんでしたけど」
「あっ!! ……勝手にごめん、廊下へ出たらチェリーの声がしたからつい……」
ちえりは他にも謝らなくてはいけないことを次々に思い出した。
「それと……、鍋パーティーの場所も私に話が振られたから、鳥頭ンちでいいって言ってくれたんでしょ? チェリーにも凄く悪いことしちゃってごめん。……それと勝手におやつもあげちゃって……」
太ももの上で強くこぶしを握り締めながら俯くちえりに鳥居は小さく溜息を吐きながら口を開いた。
「まあ、言い出したのは俺だ。
あのときコンビニ寄った理由がチェリーのこれの為だったってのは悪い気はしないぜ? 食わせるタイミングは徐々に俺が教えてやるよ」
「…………」
ふっと目元を和らげた鳥居にちえりは目を見張るも、最後の言葉になんと言えばいいか返事に困ってしまった。
(徐々に教えてやるって……もうこの部屋には……)
鳥居とは本当に何もないが、これ以上瑞貴に心配させるわけにはいかない。
(でも……鳥頭はきっと友達としてチェリーに関わることを許してくれたのに、それを断るってすごく失礼……)
「そんな頭で考えたってろくなことねーだろ。深く思い詰めんな。チェリーに悪いって思ってんなら散歩くらい付き合え」
ベッドから立ち上がった鳥居がいつまでも床に正座しているちえりを立たせようと腕をつかむ。
「さ、さんぽ……それなら……うんっ!」
部屋にお邪魔するのはもうこれっきりと心に決めていたちえりは、チェリーのお散歩と聞いて快く頷いた。
痺れた足に悶絶しながら鳥居の腕をつかむと、纏わりついてきたチェリーが足に触れて泣き笑い顔のちえりに笑いが込み上げてくる。
「すこし急げよ? そろそろ瑞貴先輩戻って来るぜ」
「……え? センパイどこに行ったの?」
すでにお開きになっていたことをちえりは知らない。
鳥居はちえりが寝室で眠っていたことを彼らには言わず、三浦たちを駅まで瑞貴に送らせていることを伝えた。
「俺たちが居たら話せねーこともあるだろうって思ってな」
さらには寝室でちえりが眠っていたという話を瑞貴らに話すと話がややこしくなるだろうからと、咄嗟に外に出ているという嘘をついてくれたのだという。
「そっか、ほんと色々気を使わせちゃったね……あれ? そういえば靴……」
玄関まで来て自分の靴がないことに気づき、バッグをまさぐるちえりに噴き出す鳥居。
「そんなとこにあるわけねーだろ。ほんとどこまで笑わせてくれるんだよ」
手にしていたちえりの靴を丁寧に並べると、エントランスで待っとけばいいと伝えられる。適当に歩いてたって言っとけと。
(エントランス……またエントランス……)
瑞貴とすれ違ってしまったときの待ち合わせ場所のようになってしまった社宅のエントランス。切なくて苦しくて、なんてことをしてしまったんだろうと自分の言動や行動に嫌気がさした記憶が鮮明に蘇る。
「ほら、忘れんなよ」
見慣れたトートバッグを差し出され、ちらりと覗いた柔らかそうなビニールがちえりの頬を紅く染めていく。
「……っご、ごめん! 置きっぱなしにしちゃってて」
鳥居宅にお邪魔した際、クリーニング済みの大事な瑞貴のスーツが入っているトートバッグを置き忘れてしまったちえり。
非日常的なことが重なってしまい、すぐにボロを出したちえりは鳥居の助け舟にも乗るも座礁し瑞貴を傷つけてしまった。
「置きっぱなしも何もまだ一日だろ。また忘れても隣だしいつでも取り来れるしな」
「う、うん……」
トートバッグを受け取ろう手を出すと、わずかに触れた指先に鳥居の肌質をありありと感じた。
(柔らかくてきめの細かい肌……若さって本当にそれだけで凄い。私とは大違い……)
思わず動きを止めたちえりに鳥居は首を傾げている。
「なんだ? まだ預かってて欲しいのか?」
「え?」
いつまでも受け取らないちえりに別の意図があるのかと詮索した彼は、目を丸くしたちえりに「ああ……」と言葉を追加する。
「俺に会う口実が欲しいんだろ」
小悪魔的な笑みを浮かべた鳥頭にちえりはポカンと口を開けたまま、トキメキのトも感じさせない顔で石化している。
「……へ?」
「おい。なんて顔してんだよ。部屋に置いてからエントランス行けよ? わざわざ火種作りたくないだろ」
「そ、そうだね。うっかり持ったまま向かうところだった」
(なんか鳥頭がいつもと違うような??? こんな冗談言うっけ……?)
「じゃあまたな」
「ありがと。チェリーもまたね」
鳥居の足元にお座りしていたチェリーを抱きしめ、次に会えるのはいつだろう……と湧き上がる寂しさを胸に抱きながら彼女の硬めの毛皮に鼻先を埋める。
「クゥ~ン……」
賢いチェリーはちえりがもう帰ってしまうことをちゃんと認識している。
その声を聞くたび胸が締め付けられるちえりは心を鬼にして笑顔で別れを告げた。
「それじゃあまた会社で!」
「おう」
「皆に好かれる努力なんかする必要ないからな」
「……!」
扉が閉まる直前にそう声を掛けられ、ハッと振り返ったちえりがわずかな隙間から見たのは優しい眼差しの鳥居隼人だった――
それよりも"瑞貴先輩"に光の速さで反応するちえりに腹が立つ。
「……そ、そっか。……って、もしかして私寝ちゃってた……?」
愛しい重さに気づいて視線を下げると、ちえりに寄りかかってまどろんでいるチェリーがいた。
「もしかしなくても。寝室に侵入してまでわざわざ床に転がってるとは正直思いませんでしたけど」
「あっ!! ……勝手にごめん、廊下へ出たらチェリーの声がしたからつい……」
ちえりは他にも謝らなくてはいけないことを次々に思い出した。
「それと……、鍋パーティーの場所も私に話が振られたから、鳥頭ンちでいいって言ってくれたんでしょ? チェリーにも凄く悪いことしちゃってごめん。……それと勝手におやつもあげちゃって……」
太ももの上で強くこぶしを握り締めながら俯くちえりに鳥居は小さく溜息を吐きながら口を開いた。
「まあ、言い出したのは俺だ。
あのときコンビニ寄った理由がチェリーのこれの為だったってのは悪い気はしないぜ? 食わせるタイミングは徐々に俺が教えてやるよ」
「…………」
ふっと目元を和らげた鳥居にちえりは目を見張るも、最後の言葉になんと言えばいいか返事に困ってしまった。
(徐々に教えてやるって……もうこの部屋には……)
鳥居とは本当に何もないが、これ以上瑞貴に心配させるわけにはいかない。
(でも……鳥頭はきっと友達としてチェリーに関わることを許してくれたのに、それを断るってすごく失礼……)
「そんな頭で考えたってろくなことねーだろ。深く思い詰めんな。チェリーに悪いって思ってんなら散歩くらい付き合え」
ベッドから立ち上がった鳥居がいつまでも床に正座しているちえりを立たせようと腕をつかむ。
「さ、さんぽ……それなら……うんっ!」
部屋にお邪魔するのはもうこれっきりと心に決めていたちえりは、チェリーのお散歩と聞いて快く頷いた。
痺れた足に悶絶しながら鳥居の腕をつかむと、纏わりついてきたチェリーが足に触れて泣き笑い顔のちえりに笑いが込み上げてくる。
「すこし急げよ? そろそろ瑞貴先輩戻って来るぜ」
「……え? センパイどこに行ったの?」
すでにお開きになっていたことをちえりは知らない。
鳥居はちえりが寝室で眠っていたことを彼らには言わず、三浦たちを駅まで瑞貴に送らせていることを伝えた。
「俺たちが居たら話せねーこともあるだろうって思ってな」
さらには寝室でちえりが眠っていたという話を瑞貴らに話すと話がややこしくなるだろうからと、咄嗟に外に出ているという嘘をついてくれたのだという。
「そっか、ほんと色々気を使わせちゃったね……あれ? そういえば靴……」
玄関まで来て自分の靴がないことに気づき、バッグをまさぐるちえりに噴き出す鳥居。
「そんなとこにあるわけねーだろ。ほんとどこまで笑わせてくれるんだよ」
手にしていたちえりの靴を丁寧に並べると、エントランスで待っとけばいいと伝えられる。適当に歩いてたって言っとけと。
(エントランス……またエントランス……)
瑞貴とすれ違ってしまったときの待ち合わせ場所のようになってしまった社宅のエントランス。切なくて苦しくて、なんてことをしてしまったんだろうと自分の言動や行動に嫌気がさした記憶が鮮明に蘇る。
「ほら、忘れんなよ」
見慣れたトートバッグを差し出され、ちらりと覗いた柔らかそうなビニールがちえりの頬を紅く染めていく。
「……っご、ごめん! 置きっぱなしにしちゃってて」
鳥居宅にお邪魔した際、クリーニング済みの大事な瑞貴のスーツが入っているトートバッグを置き忘れてしまったちえり。
非日常的なことが重なってしまい、すぐにボロを出したちえりは鳥居の助け舟にも乗るも座礁し瑞貴を傷つけてしまった。
「置きっぱなしも何もまだ一日だろ。また忘れても隣だしいつでも取り来れるしな」
「う、うん……」
トートバッグを受け取ろう手を出すと、わずかに触れた指先に鳥居の肌質をありありと感じた。
(柔らかくてきめの細かい肌……若さって本当にそれだけで凄い。私とは大違い……)
思わず動きを止めたちえりに鳥居は首を傾げている。
「なんだ? まだ預かってて欲しいのか?」
「え?」
いつまでも受け取らないちえりに別の意図があるのかと詮索した彼は、目を丸くしたちえりに「ああ……」と言葉を追加する。
「俺に会う口実が欲しいんだろ」
小悪魔的な笑みを浮かべた鳥頭にちえりはポカンと口を開けたまま、トキメキのトも感じさせない顔で石化している。
「……へ?」
「おい。なんて顔してんだよ。部屋に置いてからエントランス行けよ? わざわざ火種作りたくないだろ」
「そ、そうだね。うっかり持ったまま向かうところだった」
(なんか鳥頭がいつもと違うような??? こんな冗談言うっけ……?)
「じゃあまたな」
「ありがと。チェリーもまたね」
鳥居の足元にお座りしていたチェリーを抱きしめ、次に会えるのはいつだろう……と湧き上がる寂しさを胸に抱きながら彼女の硬めの毛皮に鼻先を埋める。
「クゥ~ン……」
賢いチェリーはちえりがもう帰ってしまうことをちゃんと認識している。
その声を聞くたび胸が締め付けられるちえりは心を鬼にして笑顔で別れを告げた。
「それじゃあまた会社で!」
「おう」
「皆に好かれる努力なんかする必要ないからな」
「……!」
扉が閉まる直前にそう声を掛けられ、ハッと振り返ったちえりがわずかな隙間から見たのは優しい眼差しの鳥居隼人だった――