青いチェリーは熟れることを知らない①
 呆気にとられているちえりとは違い、瑞貴の表情はいつになく険しい。そしてその謎のやりとりを見ていたちえりはハッと置かれた立場を理解する。

「……っ!」

(なによこいつっ!! 超失礼だしっ……しかもすっごく馴れ馴れしいんですけど……っ!?)

 気心の知れた相手ならいざ知らず、ほぼ初対面でこの態度をとられては流石に頭にくる。

「す、好きに呼びなさいよ!! そのかわりあんたのことも鳥頭って呼ばせてもらうからね!!」

「…………は?」

 目を丸くしたウルフカットの男は綺麗な顔でこちらへ振り向いた。

「なんだよそのだっせー呼び方。俺はな……」

「自己紹介なんて結構よ!!」

 鼻息荒く座り、焼うどんを食し始めたちえり。うさんくさい番組に声をあげて笑いながら男の存在をシャットアウトする。

「瑞貴センパイ! せっかく作ってくれたうどん冷めちゃいますよ!」

 と、しっかり瑞貴の存在は視野にいれていた。

「…………」

 しかし肝心の瑞貴の皿はテーブルにはない。
 視線のみを動かしてそのありかを探す男は不自然な場所にそれを見つけた。

 どう見ても二人はかなり親しい間柄であることはわかるが、直視できない理由でもあるのだろうか?

「用件が済んだならもういいかな」

 彼が何かを見ていることに気づいた瑞貴が退出を促す。

「俺には冷たいんですね瑞貴先輩」

 ふっと皮肉を含んだ笑みで男は踵を返し、すれ違いざまにこう囁いた。

「……くれぐれも仕事に私情は挟まないで下さいよ?」

「わかってる」

「……」

 二度目となる釘さしに迷いなく答えた瑞貴を見届けた男は大人しく部屋を出て行く。
 そして重厚なドアがしまる音に振り返ったちえり。

「ごめん瑞貴センパイ……私あいつに強く言い過ぎかもすんね(かもしれない)……」

 ベッドへ腰かけた瑞貴を見つめながら肩を落とす。

「心配すんな。あいつも悪い人んねんだけどさ(じゃないんだけどさ)……ほら、食うぞっ」

「うん……」

 時折、窓の外をぼんやり眺める素振りを見せた瑞貴に不安がよぎる。

(……これから先、瑞貴センパイに迷惑かけないようにしないと……)

 感情のままに口撃してしまったことを激しく悔やんだ。
 そしていつも苦手な人に対して過敏になってしまう自分の幼さにため息が漏れてしまうちえりだった。
< 16 / 110 >

この作品をシェア

pagetop