青いチェリーは熟れることを知らない①
「じゃあ夕方十八時半、仕事終わったやつから一階のロビーに集合なっ」

「はいっ!」

「はぁ~い!!」

「了解~!」

「あいつにも伝えておかないとだな」

「…………」

(あ……)

 瑞貴のいう"あいつ"は誰だかすぐわかってしまった。"歓迎"に該当する人物はもうひとり。あの鳥頭しかいない。
 食堂をぐるりと見渡した瑞貴。そして"あっ"と声を上げた視線の先には、パーフェクトウーマンな三浦氏たちとランチ中の鳥頭の姿があった。

「そういえばぁ~あの新人君って三浦さんたちのグループに配属なんですかぁ?」

「ああ、鳥居は実践で使えるくらいの知識を備えているからな。しばらくは三浦の傍で研修しながらだと思うけど、そのうちでかいプロジェクトに参加するようになると思うよ」

「へぇ~! なんかエリートって感じですね!!」

 佐藤七海はミーハーなのか、早くも獲物を物色するハンターのようによだれを垂らしている。
 そんな彼女に同調するように瑞貴が頷く。

「だな。若くて外見も良くて仕事もできて、羨ましい限りだ」

「…………」

 嫌味もなく鳥頭を褒める瑞貴こそカッコイイとちえりは思う。
 ずっと彼を見てきたが、瑞貴は外見の良さを鼻にかけたりせず、誰にでも優しく面倒見も良い。それが無意識なのだからモテないわけがなかった。
 "ちょっと行ってくるわ"と席を立った瑞貴はウルフカットの彼以外へ話が広がらぬよう、ふたりは離れた場所へと移動している。

 ちえりを含めた三人の視線がそちらへ集中するなか、三浦の視線がこちらに向いていることに気づかない。

「――……」

 やがて鳥頭が頷き、こちらに向かってほくそ笑んだのが見える。

(……なっ、なにいまの笑い……)

 ちえりが眉間に皺を寄せていると、戻ってきた瑞貴がオーケーと人差し指と親指で輪を作って合図する。ちえりは慌てて皺を伸ばし、笑顔で彼を迎い入れた。

「じゃあ俺、少しやることあるから先に戻るな」

「わかりました! またあとでっ」

 自分のトレイを手にして立ち上がった彼を皆で見送る。
去り際にも眩しい笑顔を振りまいて颯爽と退席した瑞貴に三人のため息が零れた。

「さっきの、しょうが焼きのこともそうですけど……桜田さんって、天然王子なんですかっ!?」

 興奮気味に体を寄せながら問いかけてくる佐藤七海に、残りの味噌汁へ口を付けていたちえりは大きく頷く。

「私の知る限りでは瑞貴センパイはずっとあんな感じ。自分の魅力に気づいていないんだと思うんだけど、さっきのしょうが焼きのことは……私を傷つけないため、かな?」

「えーーっ! 他人が咀嚼したものを自分の口に入れるって相当じゃないですか!?」

「そ、咀嚼まではしてないけど……」

 話が飛躍しすぎる彼女を正しながら、瑞貴のその行動が自分にだけ向けられている愛情表現だったらどんなに嬉しいだろう……と考えてしまう。

「ももももしかしたら! 夜もまた桜田さんの"胸キュン仕草"が見れるかもしれませんよ!?
お仕事、私たちも頑張りましょうね! 桜田さんと焼肉が待ってます!!」

 佐藤七海は"桜田瑞貴"という御馳走に大きな期待を込めながら午後の仕事にやる気を見せる。

「そうだね……!」

(佐藤七海さんは、瑞貴センパイが好きっていうより……憧れの人って感じで見てるのかも)

ライバルではなさそうだとわかり、ほっとしている自分がいるが――……

"すっごい噂立ってるんですよ!? 知らないんですか~!?"

"だ~か~ら~! 付き合ってるんじゃないかって!!"

(……噂になるくらい、三浦さんと仲良しってこと……だよね。
でも瑞貴センパイは否定してるし、接点のない私がふたりの関係を聞くはもっとおかしい。
……気になっても目で追わないようにしなきゃ……)

 同じフロアにいるのだから、ふたりが立ち話をしている姿なんてしょっちゅう視界に入ってしまうかもしれない。職場以外の場所でなら不安もあるが、そうではないのなら見ない努力に徹しようと、ちえりは心に固く決めた――。

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