青いチェリーは熟れることを知らない①
歓迎されていない歓迎会?
「…………」
昼食が終わって早めに戻ってきた青年が前回のプロジェクトの資料へ静かに目を通している。
ちえりなどが見たらチンプンカンプンなことが書いてあるに違いないが、新人の彼にはおおよそのことが理解出来ているようだった。視線は逸らさずに、手元の珈琲が入った紙コップへと手を伸ばすと不意に視界が陰って――
「ねぇ……鳥居くん。今日なにかあるの?」
長いストレートの髪を耳にかけながら、柔らかな口調で顔を覗きこんできたのは、彼のグループリーダー三浦理穂だった。
「……いいえ? なにかってなんです?」
穏やかな口調ながらも、その奥に隠された本音が見え隠れする己の上司へ愛想を振りまく様子もない"鳥居"。ようやく顔をあげた彼は目を通していたそれを閉じると、組んでいた長い足をおろした。
「さっき桜田くんと話していたじゃない……?」
すると彼は"あぁ"と言いながら口を開く。
「引っ越し蕎麦の礼を言われただけですよ。俺たち社宅で部屋が隣同士なんで」
仕事以外のことで話しかけられるのが面倒といった様子で軽くあしらう。
「へぇ……そうなんだ」
鳥居の適当な話に満足したのかはわからないが、思わぬ収穫を得たとばかりに三浦の瞳の奥が妖しく光る。
――午後のちえりは言われるがままにコピーに飛び回った。イレギュラーなあげく、専門知識などなく入社したちえりには仕事を与えてもらえるだけ有難い。吉川に手伝ってもらいながら資料を揃え、程よい疲労感を感じているとあっという間に時計の針は午後十八時を指していた。
「皆さんそろそろ時間ですよぉ~!」
佐藤七海が興奮気味に近づいてきた。ちえりは借りていたデスク上の掃除を済ませ、元気に頷く。
「うん! 一階のロビーでしたよね」
「ですですっ! ロビーの珈琲はタダで頂けますし~! 吉川さんは置いて行っちゃいましょう!」
「えー! 俺ももう行けるよ!」
「あははっ」
瑞貴の姿が見えないのが気になるが、とりあえず待ち合わせ場所となっていた一階のロビー目指して行動を開始する。
他愛もない話をしながら熱々の珈琲を飲み終える頃、瑞貴とあいつが肩を並べてやってきた。
「ごめんお待たせ!」
「どーも」
ある程度地位のある瑞貴はやはり定刻通りは難しいのかもしれない。それでもまだ午後十八時二十分。いつもは何時頃に終わっているのだろうと気になってしまう。
「瑞貴センパイ、お疲れ様です」
「全然待ってないですよぉ~!」
「さぁ行きましょうか!!」
待機組が立ち上がり、五人揃って会社を後にする。
仏頂面の鳥頭となるべく並ばぬよう、瑞貴の隣を歩くちえり。幸い、あいつの相手は佐藤七海と吉川朋也が引き受けてくれたため、言葉を交わさずに済んだ。
しかし、そんな努力も虚しく――……
「せっかくだから皆で連絡先交換しましょうよぉ!!」
肉の焼ける熱に眼鏡を曇らせながら佐藤七海が身を乗り出した。
「そうだな。緊急連絡とか結構多いから交換しとくか」
「う、うん……っ!」
掘りごたつ式のテーブルの上座へちえりと鳥居が隣り合って座り、ちえり側の側面に瑞貴が座っている。
新人ふたりが上座へ座るのは仕方ない。だが、連絡先についてはグループの違う彼と交換する必要性が感じられず、丁重にお断りしたいところだ。しかし、ここで波風を立て、まわりに気を使わせるのはよくない……と、 なるべく平静を装いながら鳥頭とも連絡先を交換すると――……
「…………」
無言のままスマホを差し出してきたあいつ。
「な、なに……?」
恐る恐る彼の手元を覗き込むちえり。すると……
【まぐろのチェリー】080-XXXX-XXXX
「なっ……!!」
ちえりは負けじと己のスマホの登録先へ、こう書きこんだ。
【鳥頭】080-XXXX-XXXX
「ふふんっっ」
「てめぇ……」
仏頂面の彼が割り箸をへし折りそうな勢いでちえりのスマホを奪い取る。
「なにすんのよ!!」
ようやく取り上げた時にはすでに遅く。
【鳥居隼人】080-XXXX-XXXX
と名前が訂正されている。
昼食が終わって早めに戻ってきた青年が前回のプロジェクトの資料へ静かに目を通している。
ちえりなどが見たらチンプンカンプンなことが書いてあるに違いないが、新人の彼にはおおよそのことが理解出来ているようだった。視線は逸らさずに、手元の珈琲が入った紙コップへと手を伸ばすと不意に視界が陰って――
「ねぇ……鳥居くん。今日なにかあるの?」
長いストレートの髪を耳にかけながら、柔らかな口調で顔を覗きこんできたのは、彼のグループリーダー三浦理穂だった。
「……いいえ? なにかってなんです?」
穏やかな口調ながらも、その奥に隠された本音が見え隠れする己の上司へ愛想を振りまく様子もない"鳥居"。ようやく顔をあげた彼は目を通していたそれを閉じると、組んでいた長い足をおろした。
「さっき桜田くんと話していたじゃない……?」
すると彼は"あぁ"と言いながら口を開く。
「引っ越し蕎麦の礼を言われただけですよ。俺たち社宅で部屋が隣同士なんで」
仕事以外のことで話しかけられるのが面倒といった様子で軽くあしらう。
「へぇ……そうなんだ」
鳥居の適当な話に満足したのかはわからないが、思わぬ収穫を得たとばかりに三浦の瞳の奥が妖しく光る。
――午後のちえりは言われるがままにコピーに飛び回った。イレギュラーなあげく、専門知識などなく入社したちえりには仕事を与えてもらえるだけ有難い。吉川に手伝ってもらいながら資料を揃え、程よい疲労感を感じているとあっという間に時計の針は午後十八時を指していた。
「皆さんそろそろ時間ですよぉ~!」
佐藤七海が興奮気味に近づいてきた。ちえりは借りていたデスク上の掃除を済ませ、元気に頷く。
「うん! 一階のロビーでしたよね」
「ですですっ! ロビーの珈琲はタダで頂けますし~! 吉川さんは置いて行っちゃいましょう!」
「えー! 俺ももう行けるよ!」
「あははっ」
瑞貴の姿が見えないのが気になるが、とりあえず待ち合わせ場所となっていた一階のロビー目指して行動を開始する。
他愛もない話をしながら熱々の珈琲を飲み終える頃、瑞貴とあいつが肩を並べてやってきた。
「ごめんお待たせ!」
「どーも」
ある程度地位のある瑞貴はやはり定刻通りは難しいのかもしれない。それでもまだ午後十八時二十分。いつもは何時頃に終わっているのだろうと気になってしまう。
「瑞貴センパイ、お疲れ様です」
「全然待ってないですよぉ~!」
「さぁ行きましょうか!!」
待機組が立ち上がり、五人揃って会社を後にする。
仏頂面の鳥頭となるべく並ばぬよう、瑞貴の隣を歩くちえり。幸い、あいつの相手は佐藤七海と吉川朋也が引き受けてくれたため、言葉を交わさずに済んだ。
しかし、そんな努力も虚しく――……
「せっかくだから皆で連絡先交換しましょうよぉ!!」
肉の焼ける熱に眼鏡を曇らせながら佐藤七海が身を乗り出した。
「そうだな。緊急連絡とか結構多いから交換しとくか」
「う、うん……っ!」
掘りごたつ式のテーブルの上座へちえりと鳥居が隣り合って座り、ちえり側の側面に瑞貴が座っている。
新人ふたりが上座へ座るのは仕方ない。だが、連絡先についてはグループの違う彼と交換する必要性が感じられず、丁重にお断りしたいところだ。しかし、ここで波風を立て、まわりに気を使わせるのはよくない……と、 なるべく平静を装いながら鳥頭とも連絡先を交換すると――……
「…………」
無言のままスマホを差し出してきたあいつ。
「な、なに……?」
恐る恐る彼の手元を覗き込むちえり。すると……
【まぐろのチェリー】080-XXXX-XXXX
「なっ……!!」
ちえりは負けじと己のスマホの登録先へ、こう書きこんだ。
【鳥頭】080-XXXX-XXXX
「ふふんっっ」
「てめぇ……」
仏頂面の彼が割り箸をへし折りそうな勢いでちえりのスマホを奪い取る。
「なにすんのよ!!」
ようやく取り上げた時にはすでに遅く。
【鳥居隼人】080-XXXX-XXXX
と名前が訂正されている。