青いチェリーは熟れることを知らない①

瑞貴とちえり、夜の街へ羽ばたく

 店を出た瑞貴はようやく解放されたとばかりに大きく伸びをする。その動作さえキラキラ輝くほどの美男子を横目で見ながら先に礼を述べる。

「センパイご馳走様でした。すごく美味しくて、おなかいっぱい食べちゃいました」

「……そうか? あまり箸が進んでないように見えたから、チェリーの口に合わなかったのかと思ってたけど……よかった」

「え……? あ、いいえっ! おなかが苦しくてっ!! 途中からペースダウンしちゃって!!」

(……センパイが私を見ていてくれたなんて気づかなかった……)

 瑞貴の一挙一動がちえりの心をいとも簡単に浮き沈みさせる。その優しさに包まれた言葉を発することで、まわりにどのような影響を与えるか瑞貴はわかっておらず、そんな無垢な彼の影響を間近で浴びまくるちえりはまるでリトマス紙のように青くも赤くもなった。
そんな罪な彼は腕を下ろし、"そっか"と安心したような笑顔を浮かべながらも珍しく不満を漏らす。

「はぁー。でもあのテーブルには不釣り合いな人数だったよなー……」

 あとから登場した二名により席の適正人数が上回ってしまったのは確かで、その中でもちえりだけが彼女らと接点がなく――……

(……そういえば三浦さんとは一言もしゃべらなかったな。でも、長谷川さんは……)

「ふふっ、長谷川さんって楽しい人ですね」

「ん? まぁ……うるさいけどなー」

「…………」

(……じゃあ三浦さんは?)

 とは聞けないちえり。頭の中では佐藤七海が言っていた、あの言葉がぐるぐると渦を巻いて大きくなっていく。

"すっごい噂立ってるんですよ!? 知らないんですか~!?"

"だ~か~ら~! 付き合ってるんじゃないかって!!"

(それに吉川さん自分の席譲ってた……三浦さんを瑞貴センパイの隣りに座らせるために……)

瑞貴にその気がなくとも、周りがふたりを応援しているとしたら――……

(瑞貴センパイが流されるような人だとは思わないけど、協力者がいたら必然的に距離は近くなる……)

 どこぞの捜査官が考えも及ばないほどに飛躍した予想を繰り広げたちえり。
 入社したばかりなのだから知らないことのほうが多いに決まっているが、見えないものに臆病になるのは人として当然なのかもしれない。

「あいつらの耳に入らないように気を付けてたんだけど……こういう偶然はいらないんだよなー……」

 周りがうるさいせいもあるが、隣を歩く瑞貴の会話の語尾がよく聞き取れなかった。
知らず知らずのうちに自分の世界へ入り込んでいたちえりは、ぼんやりとその横顔を見つめながら……とある人物を思い浮かべる。

「…………」

 休憩中、瑞貴は場所を変えて鳥頭の耳にだけ入るよう歓迎会の話をしていたはずである。それなのに彼と同じグループの三浦と長谷川が同じ店にタイミングよく現れたのは何を意味しているのだろう?

「…………」

(……偶然なのかな、鳥頭が教えた可能性は……ううん、人を疑うのはよくないよね)

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