青いチェリーは熟れることを知らない①
「い、いいえっ!? ただ……」

「……ただ?」

「き、綺麗な扉だなーっ!! なんてっ……!」

「……どこも同じだろ?」

 無理がありすぎる苦しい言い訳に瑞貴の眉間には深い皺が刻まれていく。

「……あ、えっと……」

 居た堪れず、視線を逸らしたちえりに救いの手が差し伸べられて?

――ガチャッ

「……うるせー……近所迷惑だ」

 髪をかき上げながら不機嫌そうに出てきたのは皺のひとつもないシャツを纏った鳥頭だった。

「……っ!?」

(ぎゃっ!!
間の悪いっっ!!!)

 ちえりは口のなかで"ひぃいいっ!!"と悲鳴を上げながら目を白黒させる。
 小刻みに頭を横に振りながら拒絶の意を伝えると――

「……あ? お前まだ濡れてんじゃん」

「う、うん……っ!?」

(ダメダメダメダメ!! なに言うつもりっ!?)

「せっかくこの俺が"隣のよしみで入れてやる"って言ったのに断るからだ。明日風邪でも引いて休むなよ?」

「……え?」

「……瑞貴先輩、俺がこいつとなんかあると思います?」

「……いや、……」

(ぶっ……センパイ、それはそれで……)

「……ってことでオヤスミナサイ」

 わざとらしく挨拶を済ませると、ちえりと目を合わせることなく部屋へ入ってしまう。

「……ごめんチェリー、中入ろう」

「は、はい!」

(あいつ……助けてくれた……?)

 ――買ってもらったベッドの上でぼんやりそんなことを考える。
 瑞貴はあまっているあの部屋にベッドを置こうと提案してくれたが、瑞貴の両親が遊びに来たときのために空けておきましょうと、ちえりは有難い申し出を断っていた。本音では瑞貴と一緒に居たかったのと、家主を差し置いて一室を占領してしまうのは申し訳ないと思ったからだ。
 そしてどこへ置こうかと迷った結果、こうして瑞貴のベッドの近く、リビングの一角に設置してもらったのである。そして彼の隣ではあまりにも緊張してしまうため、彼とは逆の窓側の端に寄せてもらったのだ。

「よくわかんないやつだな……」

 ふぅ、と息をつき、濡れたスーツへ目を向ける。

「そうだ、これだけ濡れちゃったんだしクリーニングに出さなきゃだよね。瑞貴センパイのも出しちゃおうかな」

 明日の昼休憩中にクリーニングへ持って行こうとちえりがのそのそと動き始めたころバスルームでは――

"せっかくこの俺が"隣のよしみで入れてやる"って言ったのに断るからだ。明日休むなよ?"

 脳内で鳥居隼人の言葉を永遠とリピートしている瑞貴。彼は熱い湯船に浸かりながらじっと手元を見つめている。

「……なにが"断るからだ"だよっ……香りまで誤魔化せると思ってんのか……っ!?」

 瑞貴がちえりを風呂に誘ったのも、その香りを自分の手で消してしまいたかったからだ。
 上手くいかないもどかしさばかりが募り、解決の糸口が見出せない瑞貴は激しく水面を叩いた――。
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