青いチェリーは熟れることを知らない①

瑞貴、晴れない心

「遅くなってごめん」

 たかが十五分程度の時間を遅くと言うべきなのかわからないが、濡れたままのちえりのことを思っての発言だろうことがわかる。
 そして頭にタオルをかぶった瑞貴の肩に落ちるわずかな水滴が雨の余韻を思い出させ、息が詰まる。

「いいえ、センパイ……ちゃんと温まれました?」

「……ん、チェリーこそ風邪ひかないように風呂行っておいで」

「そ、……そうさせていただきます。
あ……あと、濡れたセンパイのスーツもクリーニング出しちゃって大丈夫ですよね?」

 とりあえず干していた二人分のスーツへ視線を向け、瑞貴の返事を伺いながら大きめのトートバックを手に入るかどうかを目測で確認する。

「そうだな。梅雨の時期だし撥水加工もしっかりしてもらおうな」

「はいっ! じゃあ明日の朝まとめますので、お風呂行ってきますね」

「ん……」

 ――トタトタとリビングを出たちえりは着替えをもってバスルームへと向かう。

「もう一回洗いなおそう……」

 鳥頭に罪はないが、纏う香りが違うだけで罪悪感が込み上げる。だからといっていつものソープで洗い直せば解決するのかと考えると、それはそれで自分が楽になりたいばかりの逃げなのかもしれないと深く落ち込んでしまう。口にしてしまった軽率な言葉が齎したものは、鳥頭への非礼と、瑞貴への裏切りにも似た嘘をついてしまったことである。

(ふたりは悪くない……加害者は私……)

 二度と纏うことのないであろう鳥頭の香りを感じながら、熱いシャワーを頭から浴びる。

(あんまりあいつの傍行かないからわかんなかったけど、控えめで甘めのフレグランスで統一してるんだな……)

 恐らくワンコ"チェリー"の好みだと思われるが、狼のような装いの彼の意外な一面を見た気がする。

「可愛かったな"チェリー"……タマに会いたくなっちゃった……」

 実家の愛犬・タマの愛くるしい姿を思いだし、頭頂部にある可愛い癖っ毛が無性に恋しくなってしまう。

「タマの写真見てから寝よう……」

 "人の犬見て、我が犬思い出す"ちえり。掛け合わせもわからないほどの雑種だけれど、人間とおやつが大好きでちょっとおバカなところがまた愛らしい。
 ちえりはホームシックならぬドッグシックを発動してしまいそうだったため、疾しい気持ちいっぱいで飛び込んだ自分が選んだ今の人生をもう一度思い返す。

「実家に帰る時は、玉の輿に失敗したときだべっ! ……じゃなくて!! いまは仕事だっ!!」
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