青いチェリーは熟れることを知らない①
 そして翌朝――

 アラームをセットしていた午前六時前にちえりは目覚めた。
 夜とは違う明るさが伴った静けさにぼんやりとした頭を起こす。

「…………」

 なにがあろうとも無情な朝は必ずやってくる。
 会社に会いたくない人がいようとも、朝日は個人の意見になど無関心なのだから。


(朝ごはん作んねと……)


"はぁ……"と、ため息にも似た深呼吸を繰り返し、静かにリビングを出た。

"……ごめん。……やっぱ言わなくていい。聞きたくない"

 そして苦しそうに言葉を吐き出した瑞貴。いつもなら解決に向けて話し合おうと言ってくれていたが、今回はちょっと違う。

 あの後、彼は目も合わせぬまま"おやすみ"と言葉を残し、ベッドへ戻ってしまった。
 ちえりも"……おやすみなさい"とは言ったものの、引き留める言葉もかけぬまま彼の背を見送ってしまったことに悶々と霧の中を漂い続ける。

 時間が経ち、冷静になって思い返してみると、瑞貴の言わんとしていることの大きさがようやくわかった気がする。

"――聞きたくない――"

 まるで呆れのような、落胆のような……それ以上の説明も許されない打ち止めの言葉。

(……私、瑞貴センパイに嫌われちゃったかも……)

 タオルを手にし、顔を洗おうと洗面所のドアを開くと――

「うわっ! チェリーごめん!!」

「……?」

 そこにいたのは上半身裸の瑞貴だった。
 彼はシャワーを浴びていたのか水も滴るイイ男となって神々しい肉体を披露してくれた。

「えっ!? あっ……! ごめんなさいっ!!」

 腰から下に纏うものはきちんとしていたため、そんなに驚くほどのことではないかもしれない。しかし、そのような不埒な態度を見せまいとする彼の紳士さはやはり本物のようだ。
 ちえりは想いを寄せる瑞貴の美しさに、起き抜けのぼんやりとした頭と体が電撃を食らったように覚醒し、急いでドアを閉める。

(開けちゃったのは私なのにセンパイ謝ってた……)

 瑞貴&ちえりのあるある日常にクスリと笑みが零れ、同時に目頭が熱くなる。

(嫌われたくないっ……瑞貴センパイとずっと一緒に居たいっ……)

――ガチャッ

「お待たせ。チェリーもシャワーか? あと、また毛布ありがとな……」

「あ……っ! ううん、いえいえっ!!
顔洗おうかなって思ってたけど、わ、私もシャワー浴びちゃおうかな! 着替え取って来るっ……!」

「うん……」

 ちえりはタオルで顔を覆いながら、潤んだ目元を見られぬよう瑞貴を避けるように別の部屋へ走った。
 リビングへ戻った瑞貴は冷えたミネラルウォーターを口にし、ベッドへ腰掛ける。そして口元に流れた水を乱暴に拭いながら苛立ったように呟いた。

「……クソッ」

 瑞貴もまた、己の内に秘めた感情をうまく表せず、ギクシャクした空気に参っているようにみえた――。
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