青いチェリーは熟れることを知らない①

思い出の一品

 それからほどなくして着替えとメイクを済ませたちえりはリビングへ戻ってきた。急いでエプロンを首から下げて腰のあたりでゆるく結ぶ。

「すぐご飯の準備しますね!」

「ん……」

「…………」

 いつものありふれた会話だが、その先が続かない。
 込み上げてくる寂しさを数個の生卵とともにボールへ入れて、綺麗に解きほぐす。牛乳を追加しながら塩コショウで味を調え、ピザ用チーズを混ぜる。

(瑞貴センパイの好きなチーズオムレツ……勉強の合間に作ってくれたっけ)


 ――持ち込んだお菓子を完食してしまった真琴とちえり。受験勉強という名目をつけながらも、もはや勉強がメインなのかお菓子がメインなのかわからない。

"ん? お前ら飯も食わずにそればっか食ってんの……?"

 昼過ぎに友人宅から帰宅した瑞貴。額に光る汗さえもとても爽やかで、視線が絡むだけでちえりの胸は熱く高鳴る。
 そして色の白い彼は日に焼けないタイプらしく、肌はほのかに赤く色づいていた。

"……っ瑞貴センパイおかえりなさい! こんだけ食べても全然足りなくて、コンビニでアイス買って来っか~って話してたとこなんです! 良かったらセンパイの分も買ってきますよ!"

 電池の切れかけた時計が足踏み状態なのと同じく、瑞貴不足のちえりもダラダラとお菓子をつまんでは、たまに教科書を眺める程度でいたずらに時を過ごしていた。しかし、瑞貴という太陽に照らされたちえりはソーラー充電のごとく急に輝くも、腹に貯めたエネルギーは底をつく寸前だった。それでも心は乙女なちえりは瑞貴との接点を強く求める。ところが、ゴミ箱いっぱいの菓子箱や袋を見た瑞貴はギョっとして顔を引き攣らせている。

"うげっ! ったくしょうがねぇなチェリーは……。腹減ってるならアイスなんか食わねぇで、なんか作ってやるよ"

"センパイが……?"

 口の端にチョコレートがついたままキョトンとしているちえりに真琴が高らかに笑った。

"兄貴ってば好きな物だけは作れるんだよねー!!"

"……っ!?"

(す、好きな物は作れるってことは……今から出てくるご飯(?)が瑞貴センパイの好物っ!?)

 記憶が消えてしまわぬよう心に油性ペンでしっかりとメモしたちえり。勉強は仕事はすぐ忘れてしまうが、彼女とて好きな人に関することは絶対に忘れない。それを勉強に応用してはどうかと誰かに言われた気がするが、心が覚えているか、頭が覚えているかの違いなので無理だと答えた。

 そうして出てきた瑞貴の手料理。形はいびつだが、笑顔と共に運ばれてきたのは……優しさのこもったふわふわとろとろの極上チーズオムレツだった――。

(美味しかったし楽しかったなぁ……っ……)

 幸せな思い出にじんわり涙と鼻水が垂れてくる。
 メイクが崩れる前に手身近なキッチンペーパーで鼻をかみ、瑞貴のチーズオムレツ目指して気合を入れ直す。

(美味しくなぁれ――っ!!)

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