青いチェリーは熟れることを知らない①
それぞれの立場
「……っごめん吉川! 連絡できなくて悪い!」
「あ、桜田さんお疲れ様です! 全然大丈夫ですよ! ……どうかしました?」
休憩も中盤に差し掛かろうというとき、息を切らせた瑞貴が吉川と佐藤の前に現れた。
そして口では吉川と会話しているものの、瑞貴の瞳は別の誰かを探すように辺りを見回している。
「あぁ、ごめんっ……ちえりは?」
「若葉さんクリーニング出してくるって出かけちゃいましたよ~」
「え……?」
(しまった……朝バタバタしてて言うの忘れてたか)
この一等地圏内にある社宅の住人は電話一本でランドリーサービスを受けられることをちえりは知らない。そして恐らく、鳥居隼人が"クリーニングに出しておいてやる"とちえりに言っていたのもこのことだ。
「桜田さん、飯取ってきますけど何がいいです?」
気を利かせた吉川が平らげたトレイを手にしながら立ち上がる。
「いや、ありがとう。自分で行くよ。お前はゆっくり休んでろ」
王子スマイルを残した瑞貴は颯爽と歩き出し、時間を気にしながら窓の外へ目を向ける。
「…………」
(……まるで誰かに邪魔されてるみたいに最近のチェリーと歯車が合わない……いや、違うな。人のせいにするのは卑怯だ。焦って空回りしてるのは俺なんだから――)
彼の胸中を知ることなく、その背中を見つめたふたりの目がキラキラと輝いた。
「ほんとカッコイイですよね桜田さんっっ!!」
佐藤はとんこつラーメンの汁飛沫を眼鏡に打ち付けながら瞳と唇をテラテラと光らせている。
「だなぁ……かっこよくて仕事もできて優しくて……あの人のハートを射止めるのはどっかイイとこのお嬢様かなぁ……」
イケメン上司の恋人候補に有りがちな人物像をあてがう吉川に佐藤が抗議の声を上げる。
「わ、私はっ! 若葉さんが最有力なんじゃないかって思ってますっっ!!」
「え? なんで? じゃあ俺は社内でいうなら三浦さんだな~」
「え~~~! 妥当路線で行ってほしくないです!!」
佐藤はちえりの数々の怪しい行動や発言から言っているのではなく、パーフェクト美女にも勝る、どこか欠点のある普通の女性の勝利を期待しているだけなのかもしれない。そしてそれに似た自身を重ね、いつの日か自分にも素敵な王子様が迎えに来てくれるという可能性に縋りたいに違いない。
どんどんエスカレートしていくふたりの論争が一区切りしたところで戻ってきた瑞貴。悶々とした佐藤が直接理想の女性像を聞いてみようと試みたが、瑞貴はサンドイッチランチを急いで飲みこみ、珈琲を手にすぐ食堂を出て行ってしまった。時間にして約十分間の出来事である。
それから彼が目指したのは自分のオフィスだった。
早めに休憩から戻った社員らがそれぞれの席でくつろいでいる姿が見受けられ、その中には鳥居隼人の姿もあった。
「…………」
「…………」
互いの姿を確認しながらも、言葉一つ交わさないふたり。さほど気にした様子もない鳥居はフランス語で書かれた分厚い本へ再び視線を落とす。
瑞貴は自分のデスクに積み上げられた資料を手にすると、上がってきたデータと照らし合わせながら入念にチェックする。
それらすべてはちえりを始めとした計八人分の午前中の働きである。
そして休憩を終えたちえり、吉川、佐藤の三人がオフィスで顔を合わせた頃、瑞貴の姿はすでになかった――。
「あ、桜田さんお疲れ様です! 全然大丈夫ですよ! ……どうかしました?」
休憩も中盤に差し掛かろうというとき、息を切らせた瑞貴が吉川と佐藤の前に現れた。
そして口では吉川と会話しているものの、瑞貴の瞳は別の誰かを探すように辺りを見回している。
「あぁ、ごめんっ……ちえりは?」
「若葉さんクリーニング出してくるって出かけちゃいましたよ~」
「え……?」
(しまった……朝バタバタしてて言うの忘れてたか)
この一等地圏内にある社宅の住人は電話一本でランドリーサービスを受けられることをちえりは知らない。そして恐らく、鳥居隼人が"クリーニングに出しておいてやる"とちえりに言っていたのもこのことだ。
「桜田さん、飯取ってきますけど何がいいです?」
気を利かせた吉川が平らげたトレイを手にしながら立ち上がる。
「いや、ありがとう。自分で行くよ。お前はゆっくり休んでろ」
王子スマイルを残した瑞貴は颯爽と歩き出し、時間を気にしながら窓の外へ目を向ける。
「…………」
(……まるで誰かに邪魔されてるみたいに最近のチェリーと歯車が合わない……いや、違うな。人のせいにするのは卑怯だ。焦って空回りしてるのは俺なんだから――)
彼の胸中を知ることなく、その背中を見つめたふたりの目がキラキラと輝いた。
「ほんとカッコイイですよね桜田さんっっ!!」
佐藤はとんこつラーメンの汁飛沫を眼鏡に打ち付けながら瞳と唇をテラテラと光らせている。
「だなぁ……かっこよくて仕事もできて優しくて……あの人のハートを射止めるのはどっかイイとこのお嬢様かなぁ……」
イケメン上司の恋人候補に有りがちな人物像をあてがう吉川に佐藤が抗議の声を上げる。
「わ、私はっ! 若葉さんが最有力なんじゃないかって思ってますっっ!!」
「え? なんで? じゃあ俺は社内でいうなら三浦さんだな~」
「え~~~! 妥当路線で行ってほしくないです!!」
佐藤はちえりの数々の怪しい行動や発言から言っているのではなく、パーフェクト美女にも勝る、どこか欠点のある普通の女性の勝利を期待しているだけなのかもしれない。そしてそれに似た自身を重ね、いつの日か自分にも素敵な王子様が迎えに来てくれるという可能性に縋りたいに違いない。
どんどんエスカレートしていくふたりの論争が一区切りしたところで戻ってきた瑞貴。悶々とした佐藤が直接理想の女性像を聞いてみようと試みたが、瑞貴はサンドイッチランチを急いで飲みこみ、珈琲を手にすぐ食堂を出て行ってしまった。時間にして約十分間の出来事である。
それから彼が目指したのは自分のオフィスだった。
早めに休憩から戻った社員らがそれぞれの席でくつろいでいる姿が見受けられ、その中には鳥居隼人の姿もあった。
「…………」
「…………」
互いの姿を確認しながらも、言葉一つ交わさないふたり。さほど気にした様子もない鳥居はフランス語で書かれた分厚い本へ再び視線を落とす。
瑞貴は自分のデスクに積み上げられた資料を手にすると、上がってきたデータと照らし合わせながら入念にチェックする。
それらすべてはちえりを始めとした計八人分の午前中の働きである。
そして休憩を終えたちえり、吉川、佐藤の三人がオフィスで顔を合わせた頃、瑞貴の姿はすでになかった――。