青いチェリーは熟れることを知らない①
 恐る恐る着信履歴やメールの受信履歴を確認すると緊張して強張った体が一気に脱力し、ため息交じりの言葉が漏れた。

「鳥頭ばっかじゃん」

 仕方なく中身を確認してみると"腹減った"と、最初は食事の要求。
 続いて"無視すんな"と逆ギレ。
 そしてラストは"風呂いれてやったのに……"と恩着せがましいことまで言い始めている。

「着信まで来てるし……どれだけ緊急事態なのよ」

 ちえりは顔を引き攣らせながら仕方なくメールを打ち込む。

"カードキーがないから外に出られないの。食事が欲しいなら皿持って来んかいっ!!"

「……ん? あげるものって言ってもミネストローネと、残りのハンバーグくらい?」

 ミネストローネもハンバーグも多めに作っていたため、まだ充分余っている。しかもハンバーグは焼く前の状態で冷凍にされているので、すぐ来られても困るという事象が発生してしまった。

「あと二十分後とかってメール送っとかなきゃ……」

 今一度スマホの画面を開くが、すでに遅し。

 ――ピンポーン、ピンポーン!

「はやっ!」

 ちえりはスリッパを鳴らしながら急いで玄関口へ急いだ。

 ――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!!

「も~! うるさいっ!」

(普段澄ました顔してるくせにガキっぽいんだからっ!!)

 ――ガチャッ

「はい!!」

 怒りを込めて声を上げ、扉の向こうに待機しているであろう顔を思い浮かべると――

「どーも」

 グレーの髪はしっとりと下ろされ、キリッとした眼差しもどこか和らいでいる鳥頭。そして土曜日は完全な休日モードらしい彼は欠伸を噛みしめながら大人しく立っている。

(だ、黙ってればカッコイイのに……っ!)

 パーカーを着た彼は手に高価そうな漆塗りの御盆と、その上に和風食器と箸を揃えて前に進み出る。

(は、箸っ!? ここで食べるつもり!?)

「……っさ、さっき掃除機かけ終わったばっかりだし! ここ瑞貴センパイの家なんだから玄関から上がってこないでよ!?」

「さっきはそんなこと言ってなかったぞ」

「だってそこまで図々しいとは思わな……っ……」

「#報告・連絡・相談__ホウレンソウ__#を怠ったお前が悪い」

「……っ!?」

「と、とにかくっ! これ以上センパイに嘘つきたくないの! 大人しくそこで待ってなさいっ!!」

「…………」

 ビシィッ! と玄関を指差したちえりはズカズカとリビングへ戻っていく。

「遠慮って言葉知らないんだべかっ!!」

 冷凍ハンバーグを冷凍庫から鷲掴みで取り出し、オーブンレンジに荒々しく放り投げて解凍の指示を出す。さらに冷蔵庫で就寝中のミネストローネを温めようと鍋を取り出すが……

「……あ、うつわ……」

(玄関まで戻らないと……)

 一度で終わらせられない自分が情けない。
 昔から気ばかり焦って重要なことを見落としてしまう悪い癖が今も抜けていないのだ。
 悪い癖を二十九年間引きずってきた重い足で振り返ろうとすると――

「いつ見ても変な配置。別に部屋あんのになんでここにベッド置くんだよ」

 まるで天井に向かって放たれたような放射状に伸びた男の声。

「……まさか……」

 バッとリビングを覗くと、ちえりのベッドの上で寝転がっている鳥頭がいた。

「……っちょっと! それ私の……っ」

「知ってる。瑞貴先輩んとこで寝たら失礼だろ? しかも男が男のベッドってなんか嫌だし。一応お前は女だし?」

「……全然褒められてる気がしないんですけど……」

「あれ、そう聞こえます?」

「……こんのっ……」

 ググッと腿の脇で拳を握りしめながら恨めしそうに鳥頭を睨む。

「もうすぐ出来るから! 早く出てって!!」

「えー……チェリーサン冷たい」

「はいはいっ!!」

 鳥頭が持ってきた高級そうな器をキッチンへ運び、解凍の終えたハンバーグをフライパンで焼いた。
 そして温めたミネストローネを器に移し、炊飯ジャーの蓋を開けてから首を傾げる。

「……ん?」

 よく見てみると、皿がひとつ足りない。

(あ、茶碗が足りないんだ。こういう時って……)

"うーん"と悩んだ結果、閃いたちえりがとった行動は――

「出来たっ!」

(ちょっと和と洋が混ざってバランス悪いけど……)

「ほら、出来たからさっさと持ってって!」

「……お、ごちそうさん」

 いつの間にかテーブルへと移動していた鳥頭はお盆を受け取ると箸を取り、両手を合わせながら"いただきます"の仕草に入ろうとする。

「ちょっと待った! ここで食べないでってば!」

「あぁ……"これ以上大好きな瑞貴センパイに嘘つきたくない"って言ってましたっけ?」

(わ、私……大好きなんて言ってたっけっ!?)

「そ、そうっ!! この前はあんたが気を利かせて一言いってくれたから疑われずに済んだけど、あれだって本当は嘘、だし……」

 やましい事があるわけではないけれど、余計な心配はかけたくない。
 更に"そこまでして温かい部屋に入りたかったのか……"と、瑞貴に責任を感じられるのも嫌だったから黙っていたのだ。

「……最初から信じてねぇよ。あの人」


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