青いチェリーは熟れることを知らない①
緊急事態発生っっ!!
「へ……? なんか言った?」
「別に」
迷惑な"お客様"のお帰りに玄関まで見送りにでたちえり。両手がふさがっている彼のため、一応ドアを開けてやる。
鳥頭は流石わんこ"チェリー"の飼い主らしく、散歩に適した軽めのシューズを愛用しているようで感心したが――
(瑞貴センパイじゃない男の人の靴があると変な感じ……
センパイはこの部屋に私の靴が置かれたとき、どう思ったんだろう……学生時代の延長みたいに思ってるのかな)
幼い頃から互いの家を行き来していた瑞貴と真琴、ちえりの三人。いつでもどこへ行くにも揃っていたこれらの靴は、年を重ねるごとに疎(まばら)らになってしまった。二人よりもいくつか年上の瑞貴が中学へ上がり、高校へと進むにつれ、過ごす時間に大きな差が出てしまったからだ。やがて彼の妹である真琴とちえりの靴ばかりが並び、瑞貴の
靴が揃わないことが当たり前になってしまい……
(いつかまた三人の靴が揃うんじゃないかってどこかで期待してたけど、瑞貴センパイと私のが揃うなんて……夢にも思わなかったな)
「……俺を返さないつもりか?」
「え……?」
すっかり物思いに耽っていたちえりは玄関のドアを開けたものの、行く手を阻むように立ちふさがってしまっていた。
「ご、ごめっ……」
慌てて道を譲り、長身の彼が横を通り過ぎると、言わなくてはいけない肝心なことを忘れていたことにようやく気づく。
「あ、の……鳥頭!」
「その呼び方からいい加減離れろよ」
やや苛立ち気味の鳥頭が小さく舌打ちをしながら顔だけを斜め後方へ向け、こちらを睨む。
「この前、あ……ありがとうね。ちゃんとお礼言ってなかったなって……」
改まって礼を言うとちょっと照れてしまう。ちえりは柄にもなく指先を合わせながらモジモジしていると、まぬけにも手で支えていたドアが肩に圧し掛かり、ちえりを内側へ追いやろうとする。
「へぇ? 意外と素直だな。……ドアに潰されてジャムにならないようにな」
口元に妖しい笑みを浮かべ、狼さながらのクールな瞳がスッと細められた。
「……ジャム? ……っ!! あんたはダジャレの腕でも磨いたら!?」
「へいへい」
ちえりの言葉を軽くあしらった彼は、それから何も言わずスタスタと歩き始めた。
「…………」
(瑞貴センパイとは違う冷めたような瞳……
ずっと毛嫌いしてたけど……助けてくれたし、ちゃんと話せば伝わる人なのかな……?)
なんとなく、ほんの少しだけ、もう少し会話していたい気分に突き動かされたちえりは身を乗り出して鳥頭の背中へ叫んだ。
「あ、あと! 歯ブラシ捨ててね! 置きっぱなしにしちゃったから!! あとあと……っ"チェリー"によろしく!」
「一度に色々言うな。……ってかとっくに歯ブラシは捨てた。"チェリー"は了解」
「う、うん……っ……」
いよいよ背を向けて歩いていた鳥頭が自室の扉と向かい合い、あとはドアを開けて姿が見えなくなるのを待つばかりという時――。
湯気の上がるお盆を手にしたまま無言で立ち尽くした彼はいつまで経っても中に入る気配がない。
「……?」
"なにしてるんだろう?"とちえりが首を傾げていると、無表情のままスタスタと戻ってきた鳥頭。そして耳を疑うような言葉を発する。
「両手ふさがっててカードキーが翳せねぇ。右ポケットに入ってるので開けて頂けませんか」
「……世話が焼けるわね……」
"しょうがないなー"と、彼の部屋の前までついて行き、ゴソゴソとズボンのポケットを弄っていると……
「痴女発見」
「……っ!? あ、あんたがさせたんでしょっ!!」
数か月ぶりの恥ずかしい言葉を繰り返され、騙されたと感じたちえりが勢いよく立ち上がると、真上に待ち構えていたお盆の底に頭をぶつけてしまった。
「……っあいたたっ」
「あっぶねぇ……零れるとこだったぞ」
「……私の心配はないの?」
「ダイジョウブデスカ? チェリーサン」
「…………」
心のこもっていない棒読みのセリフを浴びせた鳥頭をジッと睨みつけながら扉を開けてやったちえり。
「はい、じゃーさいなら!!」
「どーもー」
「……っ!!」
いつものように軽い調子の返事が戻ってきて、舌打ちをしたくなったがグッと堪える。
(どーせあと月曜日まで会わないし! 言葉交わすだけ無駄無駄っ!!)
と、瑞貴の部屋の前で目が点になってしまう。
「あ、あれ……」
鳥頭に鍵を開けるよう頼まれ、思わず通路に出てきてしまった。
目の前には固く閉ざされた扉があり、それを開く術を今のちえりは持っていない。
「あ…………」
サァ―と血の気が引いていき、わけのわからない汗が体中からダラダラと流れていく。
「ちょっとぉおおっ! た~す~け~て~~~っ!!!」
思わず鳥頭の部屋のチャイムを連打する。
時はまだ午前中も早い時間で、瑞貴が帰って来るまでエントランスで待つには辛いものがある。
――ガチャッ
なぜかすぐに開いたドアから鳥頭がフフンと笑いながら腕組みをしている。
「なんだよ。ここは俺の部屋だぜ?」
「……っく!! 閉まっちゃったの、玄関の鍵っっ!」
「だろうなぁ」
彼はあたかもそれがお見通しだったとばかりにクックックと喉を鳴らしながら気味悪く笑っている。
「しょうがねぇやつ。入れよ」
「も、申し訳……ございまっ……」
さっき自分が言ったことをそっくり返されたちえりは顔を真っ赤にしながら靴を脱ぐ。
そして言葉の割にどこか楽しげな鳥頭だった――。
「別に」
迷惑な"お客様"のお帰りに玄関まで見送りにでたちえり。両手がふさがっている彼のため、一応ドアを開けてやる。
鳥頭は流石わんこ"チェリー"の飼い主らしく、散歩に適した軽めのシューズを愛用しているようで感心したが――
(瑞貴センパイじゃない男の人の靴があると変な感じ……
センパイはこの部屋に私の靴が置かれたとき、どう思ったんだろう……学生時代の延長みたいに思ってるのかな)
幼い頃から互いの家を行き来していた瑞貴と真琴、ちえりの三人。いつでもどこへ行くにも揃っていたこれらの靴は、年を重ねるごとに疎(まばら)らになってしまった。二人よりもいくつか年上の瑞貴が中学へ上がり、高校へと進むにつれ、過ごす時間に大きな差が出てしまったからだ。やがて彼の妹である真琴とちえりの靴ばかりが並び、瑞貴の
靴が揃わないことが当たり前になってしまい……
(いつかまた三人の靴が揃うんじゃないかってどこかで期待してたけど、瑞貴センパイと私のが揃うなんて……夢にも思わなかったな)
「……俺を返さないつもりか?」
「え……?」
すっかり物思いに耽っていたちえりは玄関のドアを開けたものの、行く手を阻むように立ちふさがってしまっていた。
「ご、ごめっ……」
慌てて道を譲り、長身の彼が横を通り過ぎると、言わなくてはいけない肝心なことを忘れていたことにようやく気づく。
「あ、の……鳥頭!」
「その呼び方からいい加減離れろよ」
やや苛立ち気味の鳥頭が小さく舌打ちをしながら顔だけを斜め後方へ向け、こちらを睨む。
「この前、あ……ありがとうね。ちゃんとお礼言ってなかったなって……」
改まって礼を言うとちょっと照れてしまう。ちえりは柄にもなく指先を合わせながらモジモジしていると、まぬけにも手で支えていたドアが肩に圧し掛かり、ちえりを内側へ追いやろうとする。
「へぇ? 意外と素直だな。……ドアに潰されてジャムにならないようにな」
口元に妖しい笑みを浮かべ、狼さながらのクールな瞳がスッと細められた。
「……ジャム? ……っ!! あんたはダジャレの腕でも磨いたら!?」
「へいへい」
ちえりの言葉を軽くあしらった彼は、それから何も言わずスタスタと歩き始めた。
「…………」
(瑞貴センパイとは違う冷めたような瞳……
ずっと毛嫌いしてたけど……助けてくれたし、ちゃんと話せば伝わる人なのかな……?)
なんとなく、ほんの少しだけ、もう少し会話していたい気分に突き動かされたちえりは身を乗り出して鳥頭の背中へ叫んだ。
「あ、あと! 歯ブラシ捨ててね! 置きっぱなしにしちゃったから!! あとあと……っ"チェリー"によろしく!」
「一度に色々言うな。……ってかとっくに歯ブラシは捨てた。"チェリー"は了解」
「う、うん……っ……」
いよいよ背を向けて歩いていた鳥頭が自室の扉と向かい合い、あとはドアを開けて姿が見えなくなるのを待つばかりという時――。
湯気の上がるお盆を手にしたまま無言で立ち尽くした彼はいつまで経っても中に入る気配がない。
「……?」
"なにしてるんだろう?"とちえりが首を傾げていると、無表情のままスタスタと戻ってきた鳥頭。そして耳を疑うような言葉を発する。
「両手ふさがっててカードキーが翳せねぇ。右ポケットに入ってるので開けて頂けませんか」
「……世話が焼けるわね……」
"しょうがないなー"と、彼の部屋の前までついて行き、ゴソゴソとズボンのポケットを弄っていると……
「痴女発見」
「……っ!? あ、あんたがさせたんでしょっ!!」
数か月ぶりの恥ずかしい言葉を繰り返され、騙されたと感じたちえりが勢いよく立ち上がると、真上に待ち構えていたお盆の底に頭をぶつけてしまった。
「……っあいたたっ」
「あっぶねぇ……零れるとこだったぞ」
「……私の心配はないの?」
「ダイジョウブデスカ? チェリーサン」
「…………」
心のこもっていない棒読みのセリフを浴びせた鳥頭をジッと睨みつけながら扉を開けてやったちえり。
「はい、じゃーさいなら!!」
「どーもー」
「……っ!!」
いつものように軽い調子の返事が戻ってきて、舌打ちをしたくなったがグッと堪える。
(どーせあと月曜日まで会わないし! 言葉交わすだけ無駄無駄っ!!)
と、瑞貴の部屋の前で目が点になってしまう。
「あ、あれ……」
鳥頭に鍵を開けるよう頼まれ、思わず通路に出てきてしまった。
目の前には固く閉ざされた扉があり、それを開く術を今のちえりは持っていない。
「あ…………」
サァ―と血の気が引いていき、わけのわからない汗が体中からダラダラと流れていく。
「ちょっとぉおおっ! た~す~け~て~~~っ!!!」
思わず鳥頭の部屋のチャイムを連打する。
時はまだ午前中も早い時間で、瑞貴が帰って来るまでエントランスで待つには辛いものがある。
――ガチャッ
なぜかすぐに開いたドアから鳥頭がフフンと笑いながら腕組みをしている。
「なんだよ。ここは俺の部屋だぜ?」
「……っく!! 閉まっちゃったの、玄関の鍵っっ!」
「だろうなぁ」
彼はあたかもそれがお見通しだったとばかりにクックックと喉を鳴らしながら気味悪く笑っている。
「しょうがねぇやつ。入れよ」
「も、申し訳……ございまっ……」
さっき自分が言ったことをそっくり返されたちえりは顔を真っ赤にしながら靴を脱ぐ。
そして言葉の割にどこか楽しげな鳥頭だった――。