青いチェリーは熟れることを知らない①
「あ、お母ちゃん? うん、ちえり。まだ決定んねんだげど、こっちで就職でぎっかもすんねんだ……(まだ決定じゃないけど、こっちで就職できるかもしれないんだ)」

『えーっ! 良かったべず(良かったじゃない)!! んでんで? いつから始まんの!?』

 興奮気味の母親は電話の向こうで父親を呼んでいるようだ。

「んー、それもわがんねぇがら取り敢えず私の洋服とか適当に段ボールに詰めて送ってもらってもいい?」

『そんなすぐ!? わがったげど……あんた住所は?』

「……へ?」

『だってあんたビジネスホテルさ泊まるって言ってたっけのんねの? (だってあんたビジネスホテルに泊まるって言ってたじゃない?)』

「…………」

(そういえば私って住むとこなんも手続きもしてないし、敷金礼金のお金も用意してないっけんだ……)

 実家から通っていたちえりはその日暮らしのような生活を送っていたため、そんな大金は持ち合わせていない。
 そもそも"社宅"をあてにしていたのでアパートを借りるなどという頭は初めからなかった。

(瑞貴センパイの部屋に荷物置いてもらうっていうのは……流石に迷惑だよね)

「ごめん、お母ちゃん……私なんも決まってねぇっけ。また電話すっから……」

『え? え? じゃあ一度帰ってくるんだべ!?』

「……それもわかんね」

 プツッ――……

 落胆した声に焦りだした母。ようやく自分の置かれた状況を把握したちえりは母の問いに答える元気もなく通話終了のボタンを押した。

「はぁー……勢いでここまで来ちゃったけど明日からなにすっぺ……」

 いままで瑞貴が隣りにいたお蔭で不安は軽減されていたが、ひとりになると急に孤独感や負の感情が大波のように押し寄せてくる。
 ちえりは悩んでも答えの出ない問題を机の奥へと押しやるように硬めのベッドへ身を投げる。

「あ……着替え……シャワー……もう……明日でいいや……」

 ハードに糊の効いたシーツは好きじゃない。どちらかと言えば、ヨレヨレの使い古したもののほうが肌になじむ。
 そのまま眠りの世界に身を投じたちえりに握りしめられたままのスマホには……着信を知らせる光が幾度どなく輝いていた。
< 6 / 110 >

この作品をシェア

pagetop