青いチェリーは熟れることを知らない①
近づく距離
通路に出たちえりは閉まった扉を振り返りながら小さく微笑む。
(また嫌味言われるのかと思ってたけど、結構楽しかったな。お料理の客観的な感想も貰えたし、"チェリー"にも会えた……)
"人間も犬も甘やかすとそいつの為にならねぇからな"
そして、なんとなく鳥居という人物が解ってきた気がする。もしかしたら彼の言葉はあまりにも直球で人の耳では厳しく聞こえるだけなのかもしれない。内容をきちんと聞いていれば決して嫌味を言っているわけではないのだと気づかされた自分がいる。
(それにタマが雑種って聞いても嫌な顔ひとつしないで話きいてくれた――)
「いい時間だったな……」
とんだハプニングだったが、有意義な時間をくれた彼に感謝せずにはいられない。
これからはもう少し"鳥居隼人"という人物を毛嫌いせずに接してみようと思うには十分な時間だった。
それから間もなく瑞貴が現れ、ちえりは迎えに出ようとして顔を覗かせたら扉が閉まってしまったのだと小さな嘘をつく。すると彼は疑うことなく優しく微笑んで鍵をあけてくれた。
ちえりはさっそく鮭の切り身を焼き、解き卵のスープを作る。そして鳥居隼人に褒められた高菜おにぎりを握り終えると着替えの済んだ瑞貴の目の前へ差し出した。
「掃除ありがとうな。すごく綺麗になったってわかるよ」
「ううんっ、もとから綺麗だったし大助かりでしたよ! はい、お昼ご飯どうぞっ」
「お、今日はおにぎりか。手作りのおにぎりなんて実家以来だ。いただきます」
「はいっ召し上がれ!」
優しい瑞貴はおにぎりだけではなく全てがおいしいと口いっぱいに頬張りながら笑顔で食してくれる。それだけでちえりはお腹と心が満たされるような幸福感に浸りながら食事を進めるが、瑞貴の姿はやはりベッドの上にある。しかし食事が終わるとすぐにソファへ移動してきた彼はお茶を受け取りながら口を開いた。
「熱いので気をつけてくださいね」
「ん、サンキュー。今日は和だな」
食事の最期に出された緑茶をしみじみと見つめながら、ゆっくり口をつけた瑞貴にちえりが不安そうに尋ねる。
「……あ、ごめんなさい。苦手なものでもありました?」
「んーん違うよ。……なんかいいなって思ってさ」
「……?」
「和食だと家庭的な雰囲気がでるのは実家の影響かもしれないけど、チェリーと家族になった気がしてさ」
「そっか、家族ですか。なるほど、か……家族……っ!?」
(よ、喜んでいいんだべかっ!?
それともやっぱ真琴と重なってるんだべかっっ!?)
ちえりは目の前にあるかもしれない虚像の真琴をかき消そうと蠅を振り払うような仕草を始める。その嫌がるようなちえりの行動に瑞貴が気落ちしたように視線を下げる。
「……ごめん、迷惑だよな……」
「……へ? って、あっ!! 違うます違いますっ!! いまここに別人が居た気がしてっっ」
「なにそれ怖い系?」
「ううんっっ!! きょ、虚像? 偶像? 映像……アジア、象っ…………なんて、あはは……」
もはや何を言っているかわからない。
案の定、キョトンとした瑞貴の表情からスベッた感覚が否めなく、恥ずかしさのあまりお盆で顔を隠した。
「ぷっ……チェリー可愛い」
「え゙……っ!」
百パーセント優しさで出来た瑞貴の言葉は、じんわりと心や体を温めてくれる。
(素直に喜んでいいの……? わたし……)
勘違いしそうになる言葉を並べられると、思わず幸せに浸りたくなってしまう。
幸福の海にダイビングしたい衝動をお盆でガードし、懸命に両足へ力をいれて堪えた。
(はっ!!
こ、これお盆じゃなく……ビート板だっけべかっ!?)
ゴクリと喉を鳴らしたちえりはこれから少し、幸福の海ではなく波乱の荒波を彷徨うこととなるのだった。
(また嫌味言われるのかと思ってたけど、結構楽しかったな。お料理の客観的な感想も貰えたし、"チェリー"にも会えた……)
"人間も犬も甘やかすとそいつの為にならねぇからな"
そして、なんとなく鳥居という人物が解ってきた気がする。もしかしたら彼の言葉はあまりにも直球で人の耳では厳しく聞こえるだけなのかもしれない。内容をきちんと聞いていれば決して嫌味を言っているわけではないのだと気づかされた自分がいる。
(それにタマが雑種って聞いても嫌な顔ひとつしないで話きいてくれた――)
「いい時間だったな……」
とんだハプニングだったが、有意義な時間をくれた彼に感謝せずにはいられない。
これからはもう少し"鳥居隼人"という人物を毛嫌いせずに接してみようと思うには十分な時間だった。
それから間もなく瑞貴が現れ、ちえりは迎えに出ようとして顔を覗かせたら扉が閉まってしまったのだと小さな嘘をつく。すると彼は疑うことなく優しく微笑んで鍵をあけてくれた。
ちえりはさっそく鮭の切り身を焼き、解き卵のスープを作る。そして鳥居隼人に褒められた高菜おにぎりを握り終えると着替えの済んだ瑞貴の目の前へ差し出した。
「掃除ありがとうな。すごく綺麗になったってわかるよ」
「ううんっ、もとから綺麗だったし大助かりでしたよ! はい、お昼ご飯どうぞっ」
「お、今日はおにぎりか。手作りのおにぎりなんて実家以来だ。いただきます」
「はいっ召し上がれ!」
優しい瑞貴はおにぎりだけではなく全てがおいしいと口いっぱいに頬張りながら笑顔で食してくれる。それだけでちえりはお腹と心が満たされるような幸福感に浸りながら食事を進めるが、瑞貴の姿はやはりベッドの上にある。しかし食事が終わるとすぐにソファへ移動してきた彼はお茶を受け取りながら口を開いた。
「熱いので気をつけてくださいね」
「ん、サンキュー。今日は和だな」
食事の最期に出された緑茶をしみじみと見つめながら、ゆっくり口をつけた瑞貴にちえりが不安そうに尋ねる。
「……あ、ごめんなさい。苦手なものでもありました?」
「んーん違うよ。……なんかいいなって思ってさ」
「……?」
「和食だと家庭的な雰囲気がでるのは実家の影響かもしれないけど、チェリーと家族になった気がしてさ」
「そっか、家族ですか。なるほど、か……家族……っ!?」
(よ、喜んでいいんだべかっ!?
それともやっぱ真琴と重なってるんだべかっっ!?)
ちえりは目の前にあるかもしれない虚像の真琴をかき消そうと蠅を振り払うような仕草を始める。その嫌がるようなちえりの行動に瑞貴が気落ちしたように視線を下げる。
「……ごめん、迷惑だよな……」
「……へ? って、あっ!! 違うます違いますっ!! いまここに別人が居た気がしてっっ」
「なにそれ怖い系?」
「ううんっっ!! きょ、虚像? 偶像? 映像……アジア、象っ…………なんて、あはは……」
もはや何を言っているかわからない。
案の定、キョトンとした瑞貴の表情からスベッた感覚が否めなく、恥ずかしさのあまりお盆で顔を隠した。
「ぷっ……チェリー可愛い」
「え゙……っ!」
百パーセント優しさで出来た瑞貴の言葉は、じんわりと心や体を温めてくれる。
(素直に喜んでいいの……? わたし……)
勘違いしそうになる言葉を並べられると、思わず幸せに浸りたくなってしまう。
幸福の海にダイビングしたい衝動をお盆でガードし、懸命に両足へ力をいれて堪えた。
(はっ!!
こ、これお盆じゃなく……ビート板だっけべかっ!?)
ゴクリと喉を鳴らしたちえりはこれから少し、幸福の海ではなく波乱の荒波を彷徨うこととなるのだった。