青いチェリーは熟れることを知らない①
頼みの綱とチェリー
――そして翌日。
「はい、そうなんです仲人(なこうど)さん。俺の知り合いで元気が取り柄な子をどうかひとり、置いていただけないかと思いまして――……」
始業時間までにもう一眠りできるくらいの余裕を持った早朝、高層ビルの上層階にて桜田瑞貴が懸命に頭を下げている。
「うーん……うちはアットホームな会社だから優秀な社員の知り合いを受け入れるっていうのはよくあるよね。信頼っていう感じ?」
「彼女のことは俺が責任を持って育てますので是非! 今日からでも!!」
(ここはやる気を見せるしかないっ!!
それを訴えるには今日からでも! が一番効果的なのは俺がよく知っているっ!)
瑞貴は額を膝に擦りつけるように更に体を折り曲げた。
話の内容から、こののんびりとした口調の"仲人(なこうど)さん"は結婚式の仲人ではなく、ひとりの人間の苗字であることがわかる。
「で、でも……面接くらいは一応しないとさ……桜田君を疑ってるわけじゃないけど、なんの書類もないのは……」
「それならっっ!! 彼女は昨日すでに面接を受け終わっております!!」
「え゙? ……そうなの?」
一息つこうとした仲人は飲みかけのお茶に口をつける猶予も与えられぬまま、アツアツの湯呑を置く。
「ねぇ君、昨日面接した子の履歴書全部持ってきて」
「かしこまりました」
夏杷涼子というプレートを胸元に飾るインテリ風の女性がもっともらしい手帳を抱えながら別室へと移動する。彼女のインテリ度が高すぎるのは、纏う空気と当たり前だがその堅苦しい口調、眼鏡によるものだ。
「……で、その子の名前は……?」
「ハッ! 若葉ちえりと申します!!」
パッと顔を明らめた瑞貴は張り切ってちえりの名前を上げる。
「わか……わかばちえ……り……?」
如何にも初心者マークが似合いそうな名前から、仲人が記憶の片隅にあるよからぬ記憶を呼び覚まそうとしていると――……
『それって"まぐろのチェリー"か?』
夏杷涼子が出て行った扉の向こうから声が発せられ、入室してきた若い男の手には早くもひとつの履歴書が握られていた。
「……まぐろのチェ……?」
仲人さんはそこまで言うとようやく思い出したようにポンと手を合わせた。
「あ~……解体したこともな……」
「はいっ! 緊張のあまりそのようなことを口走ってしまったと、それはもう一晩泣き通しでっっっ!!! このまま何もせず田舎に帰らせるにはあまりに心配でっっっ!!!」
仲人の声を上書きするように瑞貴が声を張り上げた。
大げさに涙まで浮かべてスーツの袖で目元を拭う演技が際立つ。
「俺からも頼むよ仲人さん。そのかわり……」
「……クソの役にも立たなきゃ即刻切り捨てればいい」
――"ワンワン! ワンワンワン!!"
「……よしよし……いいこ、いいこだね……グー……」
ちえりは耳元でわめく犬の声に寝ぼけながらスマホを撫でる。
"ワンワンワン!!"
「……ごはんあげた、でしょ……むにゃむにゃ……」
"…………"
しばらく吠え続けていた犬の声が収まると、同調して点滅していた光が暗く影を落とした。
"ニャーン、ニャーン、ニャーン"
「? タマ……いつから猫みたいな、鳴き方……」
(ん……?)
違和感にパチリと目を開けたちえり。
いつの間にかうつ伏せで眠ってしまっていたらしく、シーツの皺がくっきりと顔面移植されて地図をつくっていた。
「……!? メ、メールだ!!」
(もしかしてバイトの誰かが体調不良で勤務変更とかっ!?)
「急に言われても困るず……(困るよ)! せめて前日に連絡してなって言ったべ……(言ったでしょ)!?」
「はぅっ!!!??」
着信七件
未読メール六件
(いま何時?!
ヤバッ! 私が寝過ごしたかもっ!!)
「はい、そうなんです仲人(なこうど)さん。俺の知り合いで元気が取り柄な子をどうかひとり、置いていただけないかと思いまして――……」
始業時間までにもう一眠りできるくらいの余裕を持った早朝、高層ビルの上層階にて桜田瑞貴が懸命に頭を下げている。
「うーん……うちはアットホームな会社だから優秀な社員の知り合いを受け入れるっていうのはよくあるよね。信頼っていう感じ?」
「彼女のことは俺が責任を持って育てますので是非! 今日からでも!!」
(ここはやる気を見せるしかないっ!!
それを訴えるには今日からでも! が一番効果的なのは俺がよく知っているっ!)
瑞貴は額を膝に擦りつけるように更に体を折り曲げた。
話の内容から、こののんびりとした口調の"仲人(なこうど)さん"は結婚式の仲人ではなく、ひとりの人間の苗字であることがわかる。
「で、でも……面接くらいは一応しないとさ……桜田君を疑ってるわけじゃないけど、なんの書類もないのは……」
「それならっっ!! 彼女は昨日すでに面接を受け終わっております!!」
「え゙? ……そうなの?」
一息つこうとした仲人は飲みかけのお茶に口をつける猶予も与えられぬまま、アツアツの湯呑を置く。
「ねぇ君、昨日面接した子の履歴書全部持ってきて」
「かしこまりました」
夏杷涼子というプレートを胸元に飾るインテリ風の女性がもっともらしい手帳を抱えながら別室へと移動する。彼女のインテリ度が高すぎるのは、纏う空気と当たり前だがその堅苦しい口調、眼鏡によるものだ。
「……で、その子の名前は……?」
「ハッ! 若葉ちえりと申します!!」
パッと顔を明らめた瑞貴は張り切ってちえりの名前を上げる。
「わか……わかばちえ……り……?」
如何にも初心者マークが似合いそうな名前から、仲人が記憶の片隅にあるよからぬ記憶を呼び覚まそうとしていると――……
『それって"まぐろのチェリー"か?』
夏杷涼子が出て行った扉の向こうから声が発せられ、入室してきた若い男の手には早くもひとつの履歴書が握られていた。
「……まぐろのチェ……?」
仲人さんはそこまで言うとようやく思い出したようにポンと手を合わせた。
「あ~……解体したこともな……」
「はいっ! 緊張のあまりそのようなことを口走ってしまったと、それはもう一晩泣き通しでっっっ!!! このまま何もせず田舎に帰らせるにはあまりに心配でっっっ!!!」
仲人の声を上書きするように瑞貴が声を張り上げた。
大げさに涙まで浮かべてスーツの袖で目元を拭う演技が際立つ。
「俺からも頼むよ仲人さん。そのかわり……」
「……クソの役にも立たなきゃ即刻切り捨てればいい」
――"ワンワン! ワンワンワン!!"
「……よしよし……いいこ、いいこだね……グー……」
ちえりは耳元でわめく犬の声に寝ぼけながらスマホを撫でる。
"ワンワンワン!!"
「……ごはんあげた、でしょ……むにゃむにゃ……」
"…………"
しばらく吠え続けていた犬の声が収まると、同調して点滅していた光が暗く影を落とした。
"ニャーン、ニャーン、ニャーン"
「? タマ……いつから猫みたいな、鳴き方……」
(ん……?)
違和感にパチリと目を開けたちえり。
いつの間にかうつ伏せで眠ってしまっていたらしく、シーツの皺がくっきりと顔面移植されて地図をつくっていた。
「……!? メ、メールだ!!」
(もしかしてバイトの誰かが体調不良で勤務変更とかっ!?)
「急に言われても困るず……(困るよ)! せめて前日に連絡してなって言ったべ……(言ったでしょ)!?」
「はぅっ!!!??」
着信七件
未読メール六件
(いま何時?!
ヤバッ! 私が寝過ごしたかもっ!!)