青いチェリーは熟れることを知らない①
「……あれ?」

 帰還したちえりの言葉に吉川と佐藤がその視線をたどる。
 すぐそこにある瑞貴の席に誰かが座っているのだ。
 そして時計の針が十三時を示すと、男は立ち上がりこう言った。

「よし、お前たち。仕事にかかれ」

「は~い」

「ういっす」

「…………」

 ちえり以外のふたりはきちんと返事をかえすが、若葉ちえりには素直に頷けない理由があった。
 男が首から下げている青い紐。
 それはちえりらを指導する立場にある人物としては申し分ない。が……

「なんであんたがそこにいるの?」

 気が付けばそんな言葉が口から飛び出していた。

「なんだ不服か?」

 狼のような鋭い眼差しの彼は瑞貴の椅子に座ったまま腕組みをしている。

「……不服といいますか、不安といいますか……、やっぱり不服かな……?」

 と、年下の狼に噛み付くちえり。

「……あのなぁ……俺は”瑞貴先輩に頼まれて”ここに居るんだ」

「なんで……?」

「システムトラブル起きてる支店が他にも見つかって、しかもデータが破損してるんだとさ。だからそこで受けられない仕事がこっちに流れて……」

「瑞貴先輩ご飯食べたかな……」

「……おい。人のはなし聞けよ」

「あ、ごめ」

 絶対申し訳ないと思っていないちえりの軽い言葉に鳥居の眉がピクリと動く。彼は盛大なため息をつきながら椅子にもたれ、続きを説明する。

「……で、支店で受けられねぇ仕事は分担して他で受け持つことになったんだ。リーダーは不在で副リーダーはてんてこ舞いってのが現状だ」

「ウィルスでも感染したんですかね?」

 佐藤が小声で話しかけてきた。

「サイバーテロとかだったりして!」

 と、反対側から吉川が興奮気味にまくしたてる。

「無駄口叩いてないで手を動かせ。午前中の分どこやった」

 しょうがなくちえりを含めた三人は彼に提出することにした。
 見た目や口調から、さぞ厳しいチェックが入るだろうと予測していたが……

「全員やり直しだ。なんだこのざまは」

「…………」

「…………」

「…………」

「おい若葉ちえり。お前は名前の通り一生青いチェリーで終わんのか?」

「……面白くないんだけど……」

 いつのまにか目の前にいる鳥居にちえりは眉をひそめる。

「悔しかったら一人前に赤く熟してみろ」

「……別に悔しくなんかっ……!」

「口答えするな。早く取りかかれ」

「…………」

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