青いチェリーは熟れることを知らない①
「あ? なに他人事みたいに言ってんだ?」

 無料のロビー珈琲ではなく、有料の自販機から購入してきた”挽きたて豆のカプチーノ”を差し入れてくれたのは鳥居隼人だった。

「……あ、ありがと」

 有難く両手で受け取り、温かくほのかに香るミルクの優しさに癒されていたちえりだったが、口を付けようとしてデスクへ置いた。

「……あとでいだたくね」

 失礼のないようにと一応の断りを入れてモニターへと視線を移す。

「それ砂糖はいってねぇぜ」

「……ホント? あ、これ……カプチーノ?」

 その返事から安心していただくことにしたちえりにはマイルールが存在していることを薄々感じ始めていた鳥居の気遣いが炸裂する。

「あぁ、お前仕事中ブラックばっかだったろ」

 鳥居はそう言いながら、佐藤七海不在の椅子へもたれながら長い足を組んだ。

「……砂糖だけ入ってたかもしれないよ? そういうのも見た目でわかるの?」

 ミルクなら色でわかる。しかし色がなく、混ぜてしまったら匂いさえしない砂糖をどうやって見分けるのだろうと考えた。

「俺、言葉使い以外わるいとこねぇから」

 相変わらず自信に満ち溢れた言動に開いた口が塞がらないが、そのふとした座談に興味をひかれる。

「……良いところって具体的に言うとどこ?」

「顔と性格、味覚に嗅覚だろ? あと……」

「…………」

 キョトンとして聞いていたちえりだが、質問したことをすぐ後悔してしまった。

(瑞貴センパイは無自覚なイケメン王子だけど、こいつはっ……
ま、まぁ実際イケメンだし……イケメンにも色々あるよね……)と、脳内で皮肉を繰り返しながら手渡されたカップを覗き込む。

(お砂糖なしでミルク入りって、あんまり飲んだことなかったかも……)

 紙コップ越しにあたたかさを感じながら、香りとともにカプチーノを堪能させていただくことにする。さきにミルクフォームが唇をかすめ、それから熱い液体とともに口内へゆっくり流れ落ちてきた。

(……苦味もちゃんと残ってるのにまろやかで……適度に肩の力がぬけていくみたい……)

「うまいだろ?」

「う、うんっ……うまく言えないけど、短い時間でオンオフの切り替えがスムーズにいくように手伝ってくれてる感じがする……」

「…………」

 紙コップを傾けていた彼の動きが止まり、言葉なく見つめられる。

「……え? えーっと……」

”おかしなこと言っちゃったかな……”と、発言を後悔するちえりだが、口から飛び出した言葉は彼の耳に入ってしまったため仕方ない。

「……っそろそろ終わらせないと、怒られちゃうね」

 休憩ばかりしていたら残業の意味がなくなってしまう。
 遊んでいるわけではないにしても、他人の目とはわからないものだ。自分のせいで瑞貴が咎められることは絶対に避けたいちえりはカプチーノとマウスを持ち替え、再び姿勢を正す。

「…………」

「……っ……」

 しかし、ひしひしと伝わってくる鳥居の鋭利な視線。そんなものを向けられて集中できるはずもなく……

(わ、わたしの横顔……啄木鳥(キツツキ)に突かれたみたいに穴だらけになってない……よね?)

 ”穴のあくほど”とは、このことかもしれない。
 ちえりは鳥居が凝視しているであろう左側の頬を恐る恐る押さえ、彼の尖った視線をガードする。

「なにやってんの……? お前」

 彼の目にはさぞ不思議にうつっているに違いない。
 肘はついていないので頬杖ではないことは伝わっているようだが、歯が痛むにしては予兆がなさすぎる。

「……ぅっ、……っ見つめられすぎて穴があいてしまわないかと……」

 広げた指の隙間から鳥居の顔をちらりと見やる。
 冷たく尖りまくった嘴……ではなく、視線であろうと予想していたが、彼は意外にも”鳩が豆鉄砲を食らったような顔”をしていたから驚きだ。

「……はっ! なんだそれ!! お前ってホント、中身があんのかねぇのか……結構よかったぜ? さっきの」


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