青いチェリーは熟れることを知らない①
「? さっきのってなに?」

「”短い時間でオンオフの切り替えが……”ってやつ。お前からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったから結構意外」

「それをいうなら私も。……あんたからそんな褒め言葉聞けるとは思ってなかった」

 ガードを解いたちえりは左手をおろし、再び紙コップに口を付ける。

「あぁ、まずお前は褒めるとこ探すほうが難しいからな」

「……ぶっ……そ、そういうことは思っても言わないでよ! け、結構傷つくんだからっ……」

「勘違いすんな。お前はあの人にばっかイイとこ見せようとするから……俺にはなんも伝わってこねぇの」

 ため息交じりにそう答えた鳥居。彼はへそを曲げた子供のように目を逸らしながら頬杖をついている。

「ちょっと……、変なこと言わないでよ……」

 これではまるで”イイところを見せて欲しい”と言っているようなものだ。

「……そうかよ。ならさっさと終わらせるんだな」

 ちえりの言葉に立ち上がり、ただ一瞥しただけで去っていく鳥居。

「……う、うん……」

(……なんなの? 一体……と、とにかくっ! 私のせいで帰れないこいつの為にも早く終わらせなきゃ!
)

 柄にもなく動揺してしまったちえりがカップのなかを覗き込むと、ふんわり覆われたミルクフォームはほぼなくなっており、色味の濃いミルクコーヒーが顔をみせていた――。


 ――そして時計の針が午後二十時にもなろう頃……


「確認お願いいたしますっ!!」

 バグチェック担当者の欄に”若葉”という印を押した仕様書を鳥居へ手渡す。
 それまで肩肘をついていた彼は仕様書を受け取ると椅子に座り直し、猛スピードでマウスを動かし始めた。
 そして、ちえりが息を飲んで見守る中……

「……及第点だな」

「や、やった――――っっ!!」

 ハンバーグを評価された際にも同じことを言われた気がする。
 きっと彼のいう”及第点”は合格点という意味なのだろうと勝手に妄想している。

「あ、あと……一緒に残ってくれてありが……」

 月曜日にも関わらず遅くまで付き合ってくれた鳥居には感謝しかない。素直に言葉で伝えようと言いかけて。

「…………」

(……瑞貴センパイまだ戻ってこない……)

 鳥居が座るこの場所は瑞貴のデスクだ。
 彼を見かけたのは本当に朝だけで、その後は声さえ聞いていない。

(大丈夫かな、連絡してみようかな……)

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