青いチェリーは熟れることを知らない①

TO チェリー

  顔面蒼白になったちえりは謝罪覚悟ですぐさま着信相手と現在の時刻を確認する。

「あれ……」

 普段ならまだ夢の中の午前七時二十五分。まだそう焦る時間ではなかったが、完全に脳内リセットがかかっているちえりはまだ気づかない。

「え……瑞貴センパイがいっぱい……と、真琴にお母ちゃんもだ……」

(……んんん? なんで瑞貴センパイの番号知ってるんだっけ?)

 嬉しい反面、心当たりのないちえりは斜め上方に首を傾げると、見慣れぬ小綺麗な天井と照明が頭上に広がっていることにようやく気づいた。

(……どこだっけ、ここ……)

 仰向けになって脱力気味に考えを巡らせるが、現実と記憶が結びつく前に"それ"は再びわめき始めた。

"ワンワンワン!!!"

 着信音に感情などあるわけないが、なぜか焦っているような、怒っているような……そんな緊張感じがヒシヒシと伝わってくる。

着信<<<桜田瑞貴

「は、はいっ! 今出ます!!!」

(……っなんで!? なんで瑞貴センパイが!?)

 数年間、連絡をとっていなかった瑞貴から電話がかかってくるなど、自分はまだ都合の良い夢の途中なのかもしれないと震える手でスマホを耳にあてる。

(どうせ夢なら覚めないでっっ!!)

「もしも……」

 瑞貴の現れる夢ならば、永遠にそこの住人となっても構わない。
 もはや現世に未練などないちえりは、住民票を手に今すぐにでも【夢の国】への移住を激しく希望する。しかし、スマホの向こうから聞こえてきた瑞貴の美声は【夢の国】への入国を頑なに拒絶して現実へと引き戻す。

『チェリー!? 良かった! って寝てたのんねべね(寝てたんじゃないだろうな)!?』

「……え? え? 寝ったっけ(寝てた)……よ? たぶん……?」

『ばかっ! メールしたべっ(メールしただろ)!!! すぐ昨日面接受けたビルさ来い(ビルに来い)っ!!』

ツーツーツー……

「…………めん、せつ?」

 鬼気迫る瑞貴の声に恐る恐る古い順にメールを確認する。

"ちえり、お母ちゃんもお父ちゃんも心配してる……(泣き顔文字付き)"

"明日朝一で上に掛け合ってみるから、ちゃんと起きていつでも会社に来れる準備だけしとけな?"

"返事ねぇけど……もう寝たのか? 目覚ましコールしてやっからちゃんと起きろよ?"

"今から会社行く! 期待して待ってろ!!"

"おっはー! 都会の孤独な朝はどうだい? もう帰ってきたいだろ~? そうだろ~??? ってか! ちえりってば兄貴の会社の面接だったの!?"

"寂しい朝を迎えている貴方に……百パーセント出会える!"

 間違いなく最新のメールには悪意を感じ、即刻削除した。
 実家の母と父のメールに和み、親友からの言葉に笑っていると……見過ごせないその途中の瑞貴からのメールに飛び上がる!

「そうだっ! 瑞貴センパイに掛け合ってもらってる最中だったぁあああっ!!!」
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