青いチェリーは熟れることを知らない①
(一宿一飯の恩、きっちりは返さねば。
やっぱお礼っていうなら箱入りのスイーツかなんかかな?)

 と、薄暗い部屋のなかで考えて……まとまらずに目を閉じる。

「……こっちの美味しいお店とか全然わかんないし……うーん」

 それに育ちの良さそうな鳥居に変なものを突き付けては逆に断られてしまいそうで怖い。

「だからと言ってお菓子作れないしなぁ……」

 もぞもぞと体を動かしながら頬に触れるわんこチェリーに顔を埋める。彼女の野性味あふれる、ほど良い毛の硬さに頬ずりしながら親友の真琴を思い浮かべていると――……

”自分が自信もって勧められるものなら喜んでくれるって!
口にしたこともない見栄えばっかいいの選んでると、案外マズイの多いんだずこれがっ!!”

 パチーンと自分の額を叩いた真琴。
 さすがは瑞貴の妹。
 妄想の中の真琴は今日も適切なアドバイスとリアクションで目の覚めるような言葉をちえりに残してくれた。

「そっか、そうだよね……ありがと真琴。あいつ……なに好きだっけ。高菜おにぎり、とか……むにゃむにゃ……」

 しかし、当のちえりの目と頭脳は休息を欲していたようで。

(……なんか実家に居るみたいな安心感……。わんこチェリーが居るからかな? でも……、あいつといると男だからとか変な意識しなくて楽だな……)

 心地良いぬくもりに包まれているちえりの目は完全に閉じられており、毛布に埋もれたままリビングのソファの上で横たわる彼女はブツブツと寝言を口走っていた。

 なぜソファで眠っているか?
 それは決して彼女がジャンケンで負けてしまったわけでも、鳥居がこのあとソファで一緒に眠ってくれるわけでもない。


――それは数十分前の出来事だった。

『なに感傷に浸ってんだよ。あと寝るなら――……』

 鳥居が風呂に向かう直前、ちえりの寝床に関して口を開いたところから始まった。

『ベッドなんていいよっっ! 悪いから!! それに私、どこでも寝られるし……っ!?』

 大抵の男性は、女性に適度な優しさを持ち合わせている……はずである。
 少なからず優しさを見せてくれた鳥居も例外ではないと、それを見越して先に口走ったちえりは気を利かせたつもりだった。
 しかし、返ってきたのはいつもの鳥頭の言葉だった。

『あ? 俺はベッドでお前はソファ。どこでも寝られるのは知ってる。この前ソファで寝てたもんな』

 ニヤニヤと悪そうな笑みをちらつかせる鳥頭にちえりは軽く舌打ちをする。

『……チッ!!』

(やっぱ鳥頭は鳥頭のままだべっ!!)

『充電器と毛布は貸してやるよ。朝イチで瑞貴先輩に連絡すんだろ?』

『う、うん……ありが……』

 そう言われてポイと投げられた毛布と充電器。
 すると、ふかふかの毛布をみたわんこチェリーが激しく尾を振りながら嬉しそうに覆いかぶさってきた。

『あっは! 一緒に寝ようかチェリー!』

『…………』

 もはやどちらが犬かもわからないほどに揉みくちゃになりながら入り乱れている一人と一匹。
 鳥居は場所も忘れて楽しそうな”ダブルチェリー”を横目に見ながら口角を上げて声をかける。

『そんなに遊びてぇなら今度はもっと早い時間にあけといてやるよ』

『え……?』

(……あけるってなに? チェリーのケージ?)

 顔を向けるも彼の姿はすでになく、ちえりは廊下へと続くドアをぼんやり見つめながら首を傾げる。

『まぁ……とりあえずもう寝ろってことだよね』

 その後、引き続き夢の中の真琴と言葉を交わしながら深く頷いていると、眠っているわんこチェリーの尾がちえりの額をパチーンと叩いた。

「ちょっ……私真面目に聞いてんのに……突っ込むとこおかしいって……むにゃむにゃ……」

「…………」

(……なんだ? まだ起きてんのか?)

 タイミング悪く風呂から戻った鳥居は眉間に皺をよせながらソファへと近づき、声の主の顔を覗き見る。

「寝言か……」

 ちえりのしっかり閉じられた瞼を確認し、ふぅとため息をついた鳥居がその場を離れようとすると――

「真琴ってば……私も、愛してるよ……グー……」 

「…………」
 
(……マコト? 瑞貴先輩だけじゃないのかよ……)


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