青いチェリーは熟れることを知らない①
「吉川さんちょっと大人気ないですねぇ」

 声を下げてちえりに話しかけてきた佐藤の視線はしきりに席を立つ吉川に向けられている。
 彼は昨日に引き続き瑞貴の代理である鳥居隼人を頼ることなく、他のグループリーダーへたびたび質問に行っては画面へ向かうを繰り返していた。

「そうだね……」

 と、彼のあからさまな態度に相槌を打ちながらも自分を重ねてしまう。

(私も鳥頭とか呼んで嫌ってたっけ。あいつってば年下なのに生意気で……
あれ? そういえば……いつから鳥頭って呼ばなくなったんだろ?)

「俺が面倒見るのはここまでだ。手元にあるやつは瑞貴先輩に確認してもらえ」

 先ほどチェックを頼んだ分をヒラヒラと掲げ、こちらに合図を送ってきた鳥居。

「え? 桜田さん戻ってくるんですか?」

 思わぬ言葉に初耳とばかりに瞳を瞬かせている佐藤へ、ちえりが"あっ"と声を上げる。

「私もごめん、……言い忘れてた。瑞貴センパイ午前中に戻るから社食一緒に行こうねって」

「……若葉さんやっぱり個人的に連絡取ってるんですね!?」

 なにやら意味深な笑みを浮かべながら"ムフフ"と瞳を輝かせている彼女へぎこちなく頷く。

「……? ま、まぁ……一応は」

(今さら驚くことかな? てっきり知ってるかと思ってたけど……)

 瑞貴とちえりが幼馴染であることは伝わっているはずなのでハテ? と首を傾げるが、時計を見ると間もなく十一時。
 そろそろ空腹との戦いも始まる頃で、まずは眉間へ集中しヤツをねじ伏せようと考えていたが……せめて瑞貴に心配かけぬよう、笑顔で迎えたいと思ったちえりは甘んじて腹の虫を受け入れた。

「若葉さん朝ご飯食べてきました? いますごくお腹鳴ってましたよね」

「……えっ!? ごめん聞こえてた!?」

「どんぶり飯三杯食ってきたらしいぜ」

「はぁっ!? 確かにおかわりしたけど……っ! た、た、たぶん普通のお茶碗だったし!!」

 十二時を過ぎて社食に向かう吉川以外の三人……左から佐藤、ちえり、そして鳥居が並んで歩いている。

「朝からおかわり出来る人って尊敬します! 若葉さん本当に健康体なんですね!!」

「あ、いつもは違うんだよ!? 今日はあまりにご飯が美味しくてさ!」

「……へぇ? そんなに美味かった?」

(しまった……っ!!
ってか顔ちかっ!!!)

 どこか嬉しそうな鳥居がニヤニヤと顔を覗きこんでくると、今度は佐藤がポンと手を合わせて声を上げた。

「若葉さんって一人暮らしですよね? ご飯作るの上手なんて羨ましいです! お弁当とか持ってこないんですか?」

「い、いやー……あはは、なんていうか……料理は自信ないんだ……」


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