【短編】ホワイトデーには花束を、オレンジデーには甘いキスを(三人称)

その時だった。ポン、と肩をたたかれた。佳織はびくつき、恐る恐る振り返った。

「ため息をついてどうした?」

いたのは真佐課長だった。思わぬ意中の出現に佳織の心臓が飛び跳ねる。腕にトレンチコートをかけ、黒のブリーフケースを提げていた。にっこりと笑っている。佳織は緊張した。課長に会えたからだけではない、息遣いさえ聞こえてしまう距離に心臓が飛び出してしまいそうだった。
うれしい。会社以外のところで会えるなんて。でもそんな浮いた心も瞬時に沈んだ。だってここに来たってことは、萌絵のお返しを求めに来たのだろうから。ちらりと彼の手元を見たが、持っているのはいつもの黒のブリーフケースだけだった。そんなことで安堵しても意味がない。お返しを今日買うとは限らないし、ひょっとしたらこの階上にある宝飾店で買うのかもしれない。考えてもしかたのないことがぐるぐると頭の中を渦巻いた。

(私サイテーだ。友人の恋を応援できないなんて)

でも……こっそりどきどきするくらい、許されるだろうか。相変わらず至近距離の課長に胸をときめかせている。

「課長こそどうなさったんですか?」
「ああ。真船ちょうどいい。付き合ってくれないかな?」
「ホワイトデーのお返しをお悩みとか?」
「違う。ジムだよ。近道なんだ、向こうに地下通路に抜ける出口があるだろう? いつもここを通るんだ。真船は最近疲れてるだろう? なにか悩み事?」
「あ、いえ。大したことじゃなので」
「そういうときは体を動かすといい。汗がつまらない考えをながしてくれるから。さあ!」
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