初恋をもう一度。【完】

「……あのさ、奈々ちゃん」

「なに?」

「この話の前に、奈々ちゃんに渡しておきたいものがあるんだけど」

鈴木くんは持っていたバッグの中をまさぐった。

「渡しておきたいもの?」

「うん……はい、これあげる」

差し出されたのは、無地のディスクが入ったケースだった。

「もしかして……これって」

6年前の終業式の日、下駄箱に入っていたプレゼントを思い出す。

鈴木くんが弾くサティの『ジュ・トゥ・ヴ』は、ディスクが壊れるんじゃないかというほど何百回も聴いた。

「……これ、ピアノの録音なんだけどさ」

「うん、鈴木くんのピアノでしょ?」

「鈴木くん、ね。……はは」

彼は何故か少し自嘲気味に笑ってから、

「いや、俺じゃない人が弾いてる」

低いトーンで、静かに答えた。
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