初恋をもう一度。【完】

──夏休みまで1週間。

つまり、鈴木くんが転校するまであと1週間。

わたしは今日もいつも通り、放課後部活に向かった。

準備室に入り、ドラムセットに腰かけると、少しお尻がひんやりした。

外は一歩出ただけで汗が滲むほど暑いけれど、北校舎のここはとても涼しい。

スコアスタンドの位置を調整していたら、

あ、この音…………。

隣の第1音楽室から聴こえる音出しに混ざって、ピアノの音が小さく聴こえた。

この音はきっと、反対側の第2音楽室から。

わたしは慌てて立ち上がった。


ドアを開けた瞬間、ピアノの音がぴたりと止まる。

「…………誰?」

ピアノの位置からはこちらが見えないのか、鈴木くんが少し低い声で言った。

「あ、わたしです。田崎奈々です」

わたしが名乗ると、鈴木くんは椅子から立ち上がって、

「なんで敬語なの?」

可笑しそうにくくっと笑った。

「奈々ちゃん、久しぶり」

……久しぶり?

ついさっきまで、同じ教室にいたのに。

でも、ここで会うのはとても久しぶり。

だから、彼はそう言ったのかもしれない。

わたしも「久しぶりだね」と返した。
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