初恋をもう一度。【完】

「ねえ、奈々ちゃん。何か弾いてよ」

鈴木くんは唐突に言った。

「えっ、今?」

「うん、なんか聴きたくなった」

ピアノなんて、全然そんな気分じゃないのに。

胸が苦しくてしかたないのに。

けれど、わたしはピアノの前に座った。

だって、情けないわたしは、言葉ではなにも伝えられない。

「……何、弾けばいい?」

「何でもいいよ、奈々ちゃんが弾いてくれるなら」

「うん、わかった」

ひんやりと冷たい鍵盤に触れる。

わたしが選んだのは、クライスラーの『愛の悲しみ』だった。

途中までしか弾けないくせに、この曲を選んだ。

だって……。

口で伝えられなくても、もう会えなくなるとしても、知っていてほしかった。

わたしが、鈴木くんに恋をしたこと。

ピアノの前で過ごした時間も、教室で笑っているあなたをただ見つめていただけの時間も。

全部全部、わたしの宝物。

ねえ、鈴木くん、苦しいよ。


「…………っ……ううっ……」

まだ全然進まない内に、わたしは手を止めてしまった。

目から勝手に、涙がぽたぽたとこぼれ落ちて、鍵盤を濡らしていく。
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