初恋をもう一度。【完】

秋には芸術祭があって、今年は『飛行の幻想』という曲で出場した。

わたしはとても好きで、だからきっと、鈴木くんもこの曲を好きだと言うに違いない。

わたし達の音楽の好みは、たぶんとても似ていたから。

透明感と奥行きのある雄大な曲で、両手両足を大きく広げて、服をはためかせ、真っ青な空を飛んでいるような気持ちになれる。

でも、壇上から見渡す景色は空なんかではない。

栃木市内の中学校がみんな集まって、会場にはこんなに沢山の人がいるのに、どうしてこの中に鈴木くんはいないのだろう。

もしも空が飛べるなら、鈴木くんがいる東京まで、今すぐ飛んでいけるのに。

そんなことを考えながら演奏をした芸術祭は、去年同様、地区大会止まりだった。

芸術祭が終わったらすぐに寒い冬が来て、年が明けて、気づいたら春になっていた。

鈴木くんがいない世界は何の彩りもなくて、季節すらもちゃんと認識できないまま、あっという間に過ぎていく。

わたしの季節はまだ、あの夏で止まったままだった。
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