隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
(……これは、嫉妬だわ)
心のずっと深いところが小さく焦げ付いている。自覚することが苦痛だ。
「ノエリア様、顔色が悪いです」
サラが泣きそうな顔をするので、ノエリアは微笑んで見せた。
(こんなに心配してくれるなんて、優しいひとね)
「なんでもないわ。ごめんなさい。ちょっとだけ外の空気を吸いたいから……すぐ戻るわ」
ストールをサラから受け取り、ノエリアは温室を出た。温室と王宮内は暖かいけれどやはり外は寒い。
ストールの前を掻き合わせて景色を眺めた。王宮の庭園は雪で覆われ、背の低い植木などは埋もれている。太陽の光で輝き、とても美しかった。冬が終わり雪解けしたなら、いろんな花々が咲き乱れるだろう。
ノエリアはここの春をまだ知らない。シエルと一緒に季節を迎えることを楽しみにしていた。ヒルヴェラ家再興が現実となり、見守り少し手伝いながら自分は王妃になる。きっと忙しく充実した日々になる。いつか子にも恵まれれば嬉しいし、シエルと一緒に生きることだけを考えていた。
(わたしが知らないところで、なにか事態が動いているのかもしれない)
疑念は不安の焦げ目から広がる。
シエルはノエリアになにかを黙っているのかもしれない。
もしかして、もしかして。不安ばかりが一気に募っていく。
自分だけがシエルの寵愛を一身に受けられるものだと勝手に勘違いしていただけなのか。かつて縁談があったがまとまらなかった。しかし不幸な身の上になった貴族令嬢を妾として受け入れる。状況が変わったのなら、そしてシエルの気持ちが少しでもカーラにあるなどすれば。考えたくないことだけれど、彼は優しいから、そうなってもきっと不思議ではない。
(こんな醜い感情、いらない)
初めての恋は、知らない感情を連れてくる。
吐いた息が白く青空に解けていった。
温室は王宮正門と反対側に位置している。森へ続く道が見えて、これをずっと何日もかけて行くと国境を越える。森には四方に見張り台が突き出ているけれど、誰か常駐しているのだろうか。
微かな音をノエリアの耳が拾う。じっと道の先を見ていると黒い点が見えた。日差しを手で遮って見ているとそれは数を増やし、騎馬だと分かるとノエリアはドラザーヌ騎士団の一隊かと思った。全部で十騎ほどと見て取れる。しかし、近付くにつれてはっきりと見えた制服が違うと気付いた。なんとなく不安になり後ずさろうとした時、一騎が猛スピードで駆け寄ってきた。
「あ……!」
背を向けて温室に戻ろうとしたが雪に足を取られてバランスを崩す。その隙にドドッと音を立てすぐ後ろに馬が来た。ドラザーヌ騎士団ではないとなると、他国だ。見張台に誰もいなかったのだろうか。
「大丈夫でしょうか」
低い声、そして伸ばされた手。
「別に怪しいものではありません。おつかまりください」
「す、すみません」
丁寧な物言いに、ノエリアは警戒しながら手を借りて雪にまみれて立ち上がった。
手の主を見るために顔を上げた。視界に飛び込んできたのは短い顎髭をたくわえ、茶色い髪をした青年。ノエリアは衝撃を受けた。
その顔に嵌っていたのは緑色の瞳だったからだ。
(え?)
驚いてじっと見つめていると瞳が細められた。その時、温室からサラが飛び出してきた。そのあとからカーラが駆けてきた。
「ノエリア様!」
ふたりは見覚えのない騎馬隊に驚いているがノエリアを守らなければと必死の様子だった。
「ごめんなさい。大丈夫です。雪に足を取られて転んじゃって」
「ちょっとあなた、ノエリア様に触らないで! サラ様、誰か呼んできて!」
カーラが青年に食ってかかる。そしてノエリアと青年の間に割って入った。
「すまない。ええと、俺は……」
青年は両手を挙げて争う意志の無いことを示して困惑している。
「カーラ、このひと大丈夫だと思うのだけれど」
「ノエリア様ったら、平和惚け過ぎるわ。ひとさらいだったらどうするの!」
「そちらの方がノエリア様か。噂通り美しい」
「ほらやっぱり! だめだめ! 大事な方なのよ、触ってはだめ!」
カーラが青年に食ってかかる。
「分かったが、いや、彼女をどうにかできませんか。これでは話ができません」
青年がそこまで言ったとき、数人のお供と一緒に駆けつけたのはリウだった。サラが呼んできたのだ。
「ノエリア様! カーラ殿!」
カーラが立ちはだかっているのを見て、リウはただ事ではないと思ったのだろう。剣帯から出た剣の柄に手をかけた。
「いやいや、待ってくれ! 俺はガルデ王国騎士団長マリウス!」
居住まいを正した彼、マリウスは自分を警戒するノエリアたちをぐるりと見渡した。体が大きく面差しは凛として、物騒な男ではないと思う。そして張りのある声はその者たちすべてに届く。
(ガルデ王国ですって?)
「国王にお会いしたい」
知った国の名が出て皆が動きを止める。それに、つい最近サラとカーラとの話題にのぼった国だ。海辺の国から、いったいなぜ。なにをしに来たのだ。
ノエリアの前に立ちはだかるカーラの前にリウが入った。そのまま後ろに下がるよう指示される。
「皆、下がれ。ノエリア様を奥へ」
リウが一番先頭に立ち、ノエリアを背に隠す。そして他のものは数歩後ろに下がって行った。もしもこの場でなにか危険な事態が起きれば、リウがすべて守ってくれるのだが。
「リウ様、わたしは大丈夫です」
「あなた様に怪我でもされたら困ります」
「この方、大丈夫だと思う……マリウス様、シエル様に会いに来られたのですか」
リウとノエリアの顔を交互に見ながら頷くマリウスが次に発した言葉は、ノエリアとリウを驚かせることとなる。
「俺は、シエル陛下の弟だ」
心のずっと深いところが小さく焦げ付いている。自覚することが苦痛だ。
「ノエリア様、顔色が悪いです」
サラが泣きそうな顔をするので、ノエリアは微笑んで見せた。
(こんなに心配してくれるなんて、優しいひとね)
「なんでもないわ。ごめんなさい。ちょっとだけ外の空気を吸いたいから……すぐ戻るわ」
ストールをサラから受け取り、ノエリアは温室を出た。温室と王宮内は暖かいけれどやはり外は寒い。
ストールの前を掻き合わせて景色を眺めた。王宮の庭園は雪で覆われ、背の低い植木などは埋もれている。太陽の光で輝き、とても美しかった。冬が終わり雪解けしたなら、いろんな花々が咲き乱れるだろう。
ノエリアはここの春をまだ知らない。シエルと一緒に季節を迎えることを楽しみにしていた。ヒルヴェラ家再興が現実となり、見守り少し手伝いながら自分は王妃になる。きっと忙しく充実した日々になる。いつか子にも恵まれれば嬉しいし、シエルと一緒に生きることだけを考えていた。
(わたしが知らないところで、なにか事態が動いているのかもしれない)
疑念は不安の焦げ目から広がる。
シエルはノエリアになにかを黙っているのかもしれない。
もしかして、もしかして。不安ばかりが一気に募っていく。
自分だけがシエルの寵愛を一身に受けられるものだと勝手に勘違いしていただけなのか。かつて縁談があったがまとまらなかった。しかし不幸な身の上になった貴族令嬢を妾として受け入れる。状況が変わったのなら、そしてシエルの気持ちが少しでもカーラにあるなどすれば。考えたくないことだけれど、彼は優しいから、そうなってもきっと不思議ではない。
(こんな醜い感情、いらない)
初めての恋は、知らない感情を連れてくる。
吐いた息が白く青空に解けていった。
温室は王宮正門と反対側に位置している。森へ続く道が見えて、これをずっと何日もかけて行くと国境を越える。森には四方に見張り台が突き出ているけれど、誰か常駐しているのだろうか。
微かな音をノエリアの耳が拾う。じっと道の先を見ていると黒い点が見えた。日差しを手で遮って見ているとそれは数を増やし、騎馬だと分かるとノエリアはドラザーヌ騎士団の一隊かと思った。全部で十騎ほどと見て取れる。しかし、近付くにつれてはっきりと見えた制服が違うと気付いた。なんとなく不安になり後ずさろうとした時、一騎が猛スピードで駆け寄ってきた。
「あ……!」
背を向けて温室に戻ろうとしたが雪に足を取られてバランスを崩す。その隙にドドッと音を立てすぐ後ろに馬が来た。ドラザーヌ騎士団ではないとなると、他国だ。見張台に誰もいなかったのだろうか。
「大丈夫でしょうか」
低い声、そして伸ばされた手。
「別に怪しいものではありません。おつかまりください」
「す、すみません」
丁寧な物言いに、ノエリアは警戒しながら手を借りて雪にまみれて立ち上がった。
手の主を見るために顔を上げた。視界に飛び込んできたのは短い顎髭をたくわえ、茶色い髪をした青年。ノエリアは衝撃を受けた。
その顔に嵌っていたのは緑色の瞳だったからだ。
(え?)
驚いてじっと見つめていると瞳が細められた。その時、温室からサラが飛び出してきた。そのあとからカーラが駆けてきた。
「ノエリア様!」
ふたりは見覚えのない騎馬隊に驚いているがノエリアを守らなければと必死の様子だった。
「ごめんなさい。大丈夫です。雪に足を取られて転んじゃって」
「ちょっとあなた、ノエリア様に触らないで! サラ様、誰か呼んできて!」
カーラが青年に食ってかかる。そしてノエリアと青年の間に割って入った。
「すまない。ええと、俺は……」
青年は両手を挙げて争う意志の無いことを示して困惑している。
「カーラ、このひと大丈夫だと思うのだけれど」
「ノエリア様ったら、平和惚け過ぎるわ。ひとさらいだったらどうするの!」
「そちらの方がノエリア様か。噂通り美しい」
「ほらやっぱり! だめだめ! 大事な方なのよ、触ってはだめ!」
カーラが青年に食ってかかる。
「分かったが、いや、彼女をどうにかできませんか。これでは話ができません」
青年がそこまで言ったとき、数人のお供と一緒に駆けつけたのはリウだった。サラが呼んできたのだ。
「ノエリア様! カーラ殿!」
カーラが立ちはだかっているのを見て、リウはただ事ではないと思ったのだろう。剣帯から出た剣の柄に手をかけた。
「いやいや、待ってくれ! 俺はガルデ王国騎士団長マリウス!」
居住まいを正した彼、マリウスは自分を警戒するノエリアたちをぐるりと見渡した。体が大きく面差しは凛として、物騒な男ではないと思う。そして張りのある声はその者たちすべてに届く。
(ガルデ王国ですって?)
「国王にお会いしたい」
知った国の名が出て皆が動きを止める。それに、つい最近サラとカーラとの話題にのぼった国だ。海辺の国から、いったいなぜ。なにをしに来たのだ。
ノエリアの前に立ちはだかるカーラの前にリウが入った。そのまま後ろに下がるよう指示される。
「皆、下がれ。ノエリア様を奥へ」
リウが一番先頭に立ち、ノエリアを背に隠す。そして他のものは数歩後ろに下がって行った。もしもこの場でなにか危険な事態が起きれば、リウがすべて守ってくれるのだが。
「リウ様、わたしは大丈夫です」
「あなた様に怪我でもされたら困ります」
「この方、大丈夫だと思う……マリウス様、シエル様に会いに来られたのですか」
リウとノエリアの顔を交互に見ながら頷くマリウスが次に発した言葉は、ノエリアとリウを驚かせることとなる。
「俺は、シエル陛下の弟だ」