隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
第二章 幸
第二章 幸
王宮の広間には物々しい雰囲気が漂っていた。
サラとカーラは部屋に戻し、同席を求められたノエリアは既に着席している。その向かいにマリウス。リウはほかの側近たちとマリウスを取り囲むようにして立っている。
つい今しがた、シエルはここに到着した。そのときにマリウスが胸に手を当て敬意を示した。それが初対面の場面だった。
シエルに対面するのは自分だけでいいと言ったのはマリウスだが、連絡もなしに突然の来訪だったため、まずリウたちが慌てふためいた。
サラとカーラ、そして温室に駆けつけた側近たちにはマリウスが言った言葉が聞こえている、いないに関わらず箝口令を敷き、ガルデ王国から国王に来客がありこのまま共に夕食を取るということが伝えられ料理人たちも王宮厨房で大忙しとなった。
マリウス率いるガルデ騎士団員は別室で休んでもらっている。皆、礼儀正しいので王宮執事や使用人たちとも揉め事なくそれぞれの役目をこなしているとのことだった。
初めてマリウスを見たシエルはなんというか、ただ驚いている表情ではあったが疑っているようだ。当たり前だが。
ここまで、誰も口を開いてはいない。
そして、一番に口を開いたのはマリウスである。
「……突然で申し訳ありません。しかもノエリア様や侍女たちを怖がらせてしまいました」
「怖がらせた? ノエリアに最初に会ったのか」
「温室の外に出ていたのがわたしだったのです。雪に足を取られて転んだところを助けていただいて」
遠くからこちらへ向かって来たときは少し恐怖感があったことは黙っていた。ノエリアの主観はここで挟むべきではない。
(本当にこちらへ恐怖をもたらすならば、どう出るかはシエル様が判断するわ)
「ノエリア様が怪我をなさらなくてよかった」
マリウスが微笑みかけてくる。シエルの反応が気になったのでノエリアは引きつった笑顔で応えた。
「気安く彼女に声をかけないでくれ」
マリウスがノエリアの名前を口にしたのが気に入らなかったのか、シエルはテーブルを指でトントンと叩いた。
「早馬でも寄越せばいいものを。いたずらに皆を混乱させないでいただきたい」
リウがそう言うと、マリウスは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いや、本当に。理由があったのですが、こんな風にするつもりはなかったのですが……俺はひと目、ただシエル陛下にお会いしたくて」
(そう、どんな理由や用事があったにせよ、混乱しているのはこのせいなのよ)
にわかに信じられる話ではないのだ。たとえばいま大砲が撃ち込まれることよりも驚くことだ、と言ったら不謹慎だろうか。
シエルには兄がいた。しかし少年時代に亡くなっている。前国王も王妃も既に他界しているため王宮内に純粋な王族はシエルひとり。
ほかに前国王の嫡子がいたなんて。文献もなにも伝えられていない。
(知っていたのは当事者たちだけなのかもしれない)
先ほどからじっと黙って話を聞いていたシエルは、すうと息を吸った。
「俺の弟だという証拠はあるのか」
シエルは取り乱して我を忘れ喚き散らすような人間ではない。おそらく混乱していることは予想ができるし、驚いてはいるだろう。ノエリアはシエルの言葉に、固まりかけている予想を確信に変えるなにかを求めているのだと分かった。
マリウスの瞳は、緑色なのである。
黒髪で緑色の瞳はドラザーヌ王国王族の証。脈々と受け継がれた遺伝子なのだという。実際、王妃は国内貴族令嬢だったため茶色の髪に青い瞳。王は黒髪に緑の瞳だ。
マリウスはというと、髪は茶色だが瞳が緑色。顔立ちはシエルと似ているといわれればそうかのかもしれない。シエルより体が大きく筋肉質。短い顎髭をたくわえ、硬そうな茶色の髪が立ち上がってたてがみみたいに見える。
(シエル様が国王としての異名『黒き狼』ならマリウスはさしずめ『雄ライオン』といった感じ)
シエルとマリウスを交互に見て、ノエリアはそう思った。
王宮の広間には物々しい雰囲気が漂っていた。
サラとカーラは部屋に戻し、同席を求められたノエリアは既に着席している。その向かいにマリウス。リウはほかの側近たちとマリウスを取り囲むようにして立っている。
つい今しがた、シエルはここに到着した。そのときにマリウスが胸に手を当て敬意を示した。それが初対面の場面だった。
シエルに対面するのは自分だけでいいと言ったのはマリウスだが、連絡もなしに突然の来訪だったため、まずリウたちが慌てふためいた。
サラとカーラ、そして温室に駆けつけた側近たちにはマリウスが言った言葉が聞こえている、いないに関わらず箝口令を敷き、ガルデ王国から国王に来客がありこのまま共に夕食を取るということが伝えられ料理人たちも王宮厨房で大忙しとなった。
マリウス率いるガルデ騎士団員は別室で休んでもらっている。皆、礼儀正しいので王宮執事や使用人たちとも揉め事なくそれぞれの役目をこなしているとのことだった。
初めてマリウスを見たシエルはなんというか、ただ驚いている表情ではあったが疑っているようだ。当たり前だが。
ここまで、誰も口を開いてはいない。
そして、一番に口を開いたのはマリウスである。
「……突然で申し訳ありません。しかもノエリア様や侍女たちを怖がらせてしまいました」
「怖がらせた? ノエリアに最初に会ったのか」
「温室の外に出ていたのがわたしだったのです。雪に足を取られて転んだところを助けていただいて」
遠くからこちらへ向かって来たときは少し恐怖感があったことは黙っていた。ノエリアの主観はここで挟むべきではない。
(本当にこちらへ恐怖をもたらすならば、どう出るかはシエル様が判断するわ)
「ノエリア様が怪我をなさらなくてよかった」
マリウスが微笑みかけてくる。シエルの反応が気になったのでノエリアは引きつった笑顔で応えた。
「気安く彼女に声をかけないでくれ」
マリウスがノエリアの名前を口にしたのが気に入らなかったのか、シエルはテーブルを指でトントンと叩いた。
「早馬でも寄越せばいいものを。いたずらに皆を混乱させないでいただきたい」
リウがそう言うと、マリウスは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いや、本当に。理由があったのですが、こんな風にするつもりはなかったのですが……俺はひと目、ただシエル陛下にお会いしたくて」
(そう、どんな理由や用事があったにせよ、混乱しているのはこのせいなのよ)
にわかに信じられる話ではないのだ。たとえばいま大砲が撃ち込まれることよりも驚くことだ、と言ったら不謹慎だろうか。
シエルには兄がいた。しかし少年時代に亡くなっている。前国王も王妃も既に他界しているため王宮内に純粋な王族はシエルひとり。
ほかに前国王の嫡子がいたなんて。文献もなにも伝えられていない。
(知っていたのは当事者たちだけなのかもしれない)
先ほどからじっと黙って話を聞いていたシエルは、すうと息を吸った。
「俺の弟だという証拠はあるのか」
シエルは取り乱して我を忘れ喚き散らすような人間ではない。おそらく混乱していることは予想ができるし、驚いてはいるだろう。ノエリアはシエルの言葉に、固まりかけている予想を確信に変えるなにかを求めているのだと分かった。
マリウスの瞳は、緑色なのである。
黒髪で緑色の瞳はドラザーヌ王国王族の証。脈々と受け継がれた遺伝子なのだという。実際、王妃は国内貴族令嬢だったため茶色の髪に青い瞳。王は黒髪に緑の瞳だ。
マリウスはというと、髪は茶色だが瞳が緑色。顔立ちはシエルと似ているといわれればそうかのかもしれない。シエルより体が大きく筋肉質。短い顎髭をたくわえ、硬そうな茶色の髪が立ち上がってたてがみみたいに見える。
(シエル様が国王としての異名『黒き狼』ならマリウスはさしずめ『雄ライオン』といった感じ)
シエルとマリウスを交互に見て、ノエリアはそう思った。