隻眼王の愛のすべて  < コウ伝 >
「ドラザーヌの王族リンドベリ家の男子は緑の瞳を持つという。俺のこの瞳が動かぬ証拠です」

押しつけるような言い方ではなかった。静かに染みいるよう、ここにいる誰もが知らないマリウスという先代国王の血を継ぎそしてシエルと半分繋がった青年の物語が込められた声だった。
たしかに。言わずともマリウスの瞳の色を見れば分かる。誰も反論の声を上げない。

「それに、母が前国王からいただいたというブローチがあります」

マリウスは懐に腕を突っ込んだ。
ノエリアの視界の片隅でリウが音もなく短剣に手をかけていた。すると、マリウスが取り出したのは黒い巾着で、中からは手で握ってしまうと見えなくなるような大きさのブローチが出てきた。花を象ったと思われる銀細工、中央には親指の先ほどの大きさの赤い宝石が嵌め込まれている。
ノエリアはわずかに既視感を覚える。
シエルの前にそのブローチを差し出すと、マリウスが言った。

「裏を見てほしいのですが」

シエルが指で裏返すと、王家の紋章が刻印されていたのだ。側近たちからはうめき声のようなものが聞こえる。

「……なるほど」

シエルはため息をついた。マリウスがまた頭を掻く。

「こんなものはいくらでも作れるとお思いかもしれませんが」

たしかにそうかもしれない。紋章刻印など複製は可能だ。

「シエル様……これは」

不安そうに聞くノエリア。

(わたしがいただいたブローチと同じ王家の紋章があって、石と細工という形状と金か銀かの違いはあるけれど)

さきほど覚えた既視感はこれだと思った。シエルはすっと息を吸ってゆっくり吐き出した。

「いいや。描かれた葉っぱの枚数を数えれば分かることだ」

「葉の枚数?」

思わず聞き返したノエリアに、シエルが頷く。

「リンドベリ王家の紋章は王冠を葉が囲むデザインだろう? この葉はその時代の国王によって枚数が違うんだ。何枚なのかは限られた者しか伝えられない」

リウは顔色を変えなかったが、ほかの側近たちは初めて聞いたかのような反応だった。

「これは、父上のだ」

シエルはマリウスを真っ直ぐ見つめ、そう答えた。
ノエリアはまわりの顔色を必死にうかがっていた。キョロキョロとするノエリアの手をシエルがそっと掴む。

「だから、あれはその代の国王の枚数なんだよ」

ノエリアが考えていることが分かったのだろう、そっと耳打ちしてくれる。要するに受け継がれてきたあのブローチにある葉の枚数は、当時の国王のものなのだ。
シエルはリウを呼び寄せ、何事か言葉を交わした。そのあと、リウ以外の側近たちは退出し、お茶とお菓子が運ばれてきた。

「夕食は一緒に取ろう。ほかの騎士団員たちにも食事を取らせる」

「……ありがたきお心遣い」

マリウスは、座ったまま胸に手を当て感謝の意を表した。

「あの、わたしも外します」

「ノエリアは居てくれ。別に邪魔にしているわけではない。仏頂面の男たちに囲まれていては落ち着かないだろうが」

椅子の背にもたれ掛かり、深くため息をついたシエル。
争う姿勢は見られず大丈夫だと判断した。また、マリウスを受け入れたということなのだろうか。

(でも、こんなのいきなりでいくらなんでも信じられないし、すぐには受け止められないと思うのだけれど)

ノエリアだって、自分がもしヴィリヨ以外のきょうだいが突然目の前に現れたら驚き、父サンポは母カチェリーナだけではなかったのかなどと余計な感情まで渦巻いてしまうだろう。
王族と自分たちとは立場が違うだろうが。
ドラザーヌでは国王が王妃以外に生ませた子に相続権はない。男子であればそれなりの爵位と領土を与えられ女子であれば良縁を。しかしマリウスは他国で生まれた国王の子。出身であるガルデ王国の民として生きている。もしも本人の希望でドラザーヌに来るとなればどうするも現国王であるシエルの一存で決まる。

(相続権がなくても前国王の子であることを理由になにかしら求めて問題にならないといいのだけれど)

現時点では、シエルはマリウスを腹違いの弟だと認める発言はしていない。
ノエリアはカップに口を付けながら向かいに座るマリウスを盗み見る。
どうなるか、なにを考えているのかは分からないけれど、あまりシエルが胸を痛めることがないようにと願うノエリアだった。
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