隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
すぐに行動を開始するためリウとマリウスが退室し、ノエリアもシエルと共に自室に戻ることにした。ふたり並んで長い廊下を歩く。いまはこんなに平穏なのに、窺い知れないところで争いが起きていて、そして攻め込まれるかもしれないなんて。
(そしてその中にシエル様が……)
身震いがする。ノエリアは自分の腕を抱きしめた。シエルはきっと苦悩していると思うと、ノエリアは胸が痛んだ。
共に部屋に入ると、シエルは大きなため息をつきながらソファに体を沈めた。
「シエル様……」
「そんな顔をするな。大丈夫だ。ふたつの騎士団が目の前に構えたら、ソラゾの奴らなどしっぽを巻いて逃げ出す」
手招きする彼に近寄り隣に座った。シエルはノエリアの肩を撫でてくれる。
「怖い話を聞かせてしまったな。部屋へ帰せばよかった」
「いいえ。わたしだって守りたいのは一緒です。男なら馬に跨ってシエル様と戦えるのに」
「いやいや、なにを言っている」
シエルがちょっと表情を和らげてくれた。
(心安らげる場を、わたしは作らなくちゃいけない)
それが自分の大きな役目だと分かっている。それなのに小さくできた心のシミが自己主張をする。
(せっかくふたりの時間があるのに)
もやもやとした心にあるものは、カーラのことだ。問題の大きさが違いすぎる。妾のことなど、国が攻め込まれるかもしれないという事態と比べるに足らない。
「少し休んだら、俺はリウたちのところに行くから」
「はい……」
やっぱり。そうなるとまたふたりの部屋に帰ってこない日々が続くだろう。
「このままなにも無ければいいのに。ソラゾ王国のひとたち、ここへ攻め込む考えが変わればいいのに」
シエルが苦笑しているが、自分でも言うことが子供みたいだと分かっている。
国が安泰でなければ、ふたりの関係も穏やかでいられない。国王であるシエルのそばにいるというのは、こういうことなのだ。
笑おうと思っても、心の中がぐちゃぐちゃでうまく笑顔を作れない。
弟だと名乗り出たマリウスのこと。カーラのこと。そしてソラゾのこと。
俯くノエリアの頭を、シエルが抱き寄せた。
「……心配するな。大丈夫だから」
こんなに温かくて愛おしくて、シエルの安息の場所と空間を作ると決めたのに、困らせている。自分はいったいなにをどうしたいのだろう。考えても分からなかった。
その日のうちに、マリウス率いる騎士団には王宮敷地内施設のドラザーヌ騎士団用訓練棟を宿舎として整え与えられた。そしてリウ以外の側近たちにも事情が伝えられ、ドラザーヌ騎士団員は緊急招集、各領土の貴族たちにも内々に警戒せよとの通達が出されることとなった。更に偵察隊が組織され、北側国境付近へ出発していった。
目まぐるしく状況が展開していくので王宮内の空気も緊張を含んだものに変わっていった。
ここ数日、シエルはリウをはじめ側近たちとマリウスと行動を共にしているので自室には姿を見せていない。緊急事態であるのでノエリアの勉強もいったん中止。だから自分の好きな本を読めるし、自由に過ごすことができる。
しかしなにをしても集中できず楽しくなくて、部屋に閉じこもりがちだった。ソファに寝転がって気づいたら居眠りをしていたことも。緊張からくる疲労で睡魔が押し寄せてくるのだ。
「ノエリア様、昼食のお支度が整いました」
サラが迎えにきてくれたけれど、ノエリアは部屋から出るのが面倒だと思っていた。ノエリアは自室で読書をしていた。ページは捲るけれどたいして面白く感じずに飽きていた頃だった。
「サラ。ダイニングじゃなくてここで食事をしてはだめかしら」
「ノエリア様、お加減でも悪いのですか?」
そうではないと頭を振る。
(ああ、シエルがいないだけでどうしてこんなにわがままになるのかな。サラだって困るのに)
自分が嫌になる。
王宮執事、女官や侍女たちも事情を知ることとなったので、ノエリアがいつもと様子が違っていても、ソラゾのことで心を痛めていると思うだろう。それだけじゃないのに。
(そしてその中にシエル様が……)
身震いがする。ノエリアは自分の腕を抱きしめた。シエルはきっと苦悩していると思うと、ノエリアは胸が痛んだ。
共に部屋に入ると、シエルは大きなため息をつきながらソファに体を沈めた。
「シエル様……」
「そんな顔をするな。大丈夫だ。ふたつの騎士団が目の前に構えたら、ソラゾの奴らなどしっぽを巻いて逃げ出す」
手招きする彼に近寄り隣に座った。シエルはノエリアの肩を撫でてくれる。
「怖い話を聞かせてしまったな。部屋へ帰せばよかった」
「いいえ。わたしだって守りたいのは一緒です。男なら馬に跨ってシエル様と戦えるのに」
「いやいや、なにを言っている」
シエルがちょっと表情を和らげてくれた。
(心安らげる場を、わたしは作らなくちゃいけない)
それが自分の大きな役目だと分かっている。それなのに小さくできた心のシミが自己主張をする。
(せっかくふたりの時間があるのに)
もやもやとした心にあるものは、カーラのことだ。問題の大きさが違いすぎる。妾のことなど、国が攻め込まれるかもしれないという事態と比べるに足らない。
「少し休んだら、俺はリウたちのところに行くから」
「はい……」
やっぱり。そうなるとまたふたりの部屋に帰ってこない日々が続くだろう。
「このままなにも無ければいいのに。ソラゾ王国のひとたち、ここへ攻め込む考えが変わればいいのに」
シエルが苦笑しているが、自分でも言うことが子供みたいだと分かっている。
国が安泰でなければ、ふたりの関係も穏やかでいられない。国王であるシエルのそばにいるというのは、こういうことなのだ。
笑おうと思っても、心の中がぐちゃぐちゃでうまく笑顔を作れない。
弟だと名乗り出たマリウスのこと。カーラのこと。そしてソラゾのこと。
俯くノエリアの頭を、シエルが抱き寄せた。
「……心配するな。大丈夫だから」
こんなに温かくて愛おしくて、シエルの安息の場所と空間を作ると決めたのに、困らせている。自分はいったいなにをどうしたいのだろう。考えても分からなかった。
その日のうちに、マリウス率いる騎士団には王宮敷地内施設のドラザーヌ騎士団用訓練棟を宿舎として整え与えられた。そしてリウ以外の側近たちにも事情が伝えられ、ドラザーヌ騎士団員は緊急招集、各領土の貴族たちにも内々に警戒せよとの通達が出されることとなった。更に偵察隊が組織され、北側国境付近へ出発していった。
目まぐるしく状況が展開していくので王宮内の空気も緊張を含んだものに変わっていった。
ここ数日、シエルはリウをはじめ側近たちとマリウスと行動を共にしているので自室には姿を見せていない。緊急事態であるのでノエリアの勉強もいったん中止。だから自分の好きな本を読めるし、自由に過ごすことができる。
しかしなにをしても集中できず楽しくなくて、部屋に閉じこもりがちだった。ソファに寝転がって気づいたら居眠りをしていたことも。緊張からくる疲労で睡魔が押し寄せてくるのだ。
「ノエリア様、昼食のお支度が整いました」
サラが迎えにきてくれたけれど、ノエリアは部屋から出るのが面倒だと思っていた。ノエリアは自室で読書をしていた。ページは捲るけれどたいして面白く感じずに飽きていた頃だった。
「サラ。ダイニングじゃなくてここで食事をしてはだめかしら」
「ノエリア様、お加減でも悪いのですか?」
そうではないと頭を振る。
(ああ、シエルがいないだけでどうしてこんなにわがままになるのかな。サラだって困るのに)
自分が嫌になる。
王宮執事、女官や侍女たちも事情を知ることとなったので、ノエリアがいつもと様子が違っていても、ソラゾのことで心を痛めていると思うだろう。それだけじゃないのに。