隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
暗くなってきたので、ノエリアはティーセットなどを持って温室を出た。するとサラが通りかかったので頼むことにし、真っ直ぐ自室に戻る。
(もうすぐ夕食の時間になるのね)
なんだかとても疲れる一日だったと思う。
カーラに嫉妬をして自己嫌悪に陥ったり、マリウスに告白されたり。しかし、マリウスとの会話はノエリアの背中を押すにはじゅうぶんだった。
(マリウス様には勇気を貰った気がする)
ノエリアは、化粧を直すと部屋を出てシエルとリウたち側近たちがいる王宮内の棟へと移動することにした。途中、厨房へ寄り焼き菓子を貰う。シエルたちへ差し入れをしたいことを告げると料理人たちは驚きながらも用意をしてくれた。
ティーセットと焼き菓子を乗せたワゴンを押しながら、教えてもらった部屋をノックする。
「ノエリアです」
そう声をかけるとドアが開いた。出てきたのはノエリアの姿を見て驚くシエルだった。
「あっ、ごきげんよう、シエル様」
「なんだ、どうしたんだ。声がきみだったからびっくりした……こんなところに。なに、ワゴンを押してきたのか?」
困惑気味のシエルを見てノエリアは少し後悔をした。押し掛けるようにして来てしまって、シエルに迷惑をかけている。シエルは部屋に入れてくれず、後ろ手でドアを閉める。
中では重要な話をしているのだろうから、シエルの婚約者であろうと部外者を入れるわけにはいけないだろう。
「ごめんなさい、あの。差し入れをと思って……空腹でないかと」
「もうすぐ夕食だから……いや、いただくよ、皆も喜ぶだろう。ありがとう」
ドアに寄りかかって腕組みをしたシエルはノエリアを見た。数日ぶりに見たシエルはちょっと前髪が伸びた気がする。少しだけ目を合わせてノエリアは恥ずかしくて下を向いてしまった。
(きっと、なにしに来たんだって思われている。ひとに迷惑をかけることが勇気じゃないでしょう)
いたたまれなくなり、ノエリアは色が変わるほど手を握りしめた。
「ごめんなさい、お邪魔をして」
「……いや」
「あの、お菓子をありがとうございました。それだけ言いたくて……もう行きますね」
いつまでもここに引き留めるわけにはいかない。自分が来たことは中の皆に分かったのだから、わがままな女だと思われるのはシエルにとってもいいことではない。
笑顔を作り、その場から立ち去るべくシエルに背を向けた。
「待て、ノエリア」
シエルに手を捕まれる。
「ご、ごめんなさい。邪魔をして……ただお顔を見たかっただけなの」
「なんだか様子が変だ。どうした。なにかあったのか?」
お気持ちをシエル陛下にきちんとお伝えしては? マリウスの声が頭に響く。
「……わ、たし。シエル様が好き、大好きです。嫌われたくないです」
顔を見たらたぶん言えなくなる。どうしてこんな風になってしまったのだろう。毎日、シエルの愛の言葉だけを聞き信じていたかったのに。
「シエル様が」
(自分の思いだけをぶつけてそれでいいの?)
止められなかった。ノエリアは目に涙が溜まっているのを見られたくなくてたくさん瞬きをした。
「シエル様が誰か……わたし以外の女性を……おそばに置きたがっても、我慢できるか分かりません。わたし、わたしは」
「ノエリア?」
「シエル様を独り占め、したいんです」
口にしてしまった言葉に震えが走る。言ってしまった。口元を隠すように爪を噛むと、シエルが両腕を掴んでノエリアを正面から見た。
「なにを言っている? どうしたんだ、きみは俺の妻になるのだろう? 違うのか」
(なにも違わない。その通りなの……シエル様は悪くない。わたしには自覚も自信もないのよ)
ドラザーヌの王妃となる。だから夫である国王に妾がいても狼狽えてはならないのだ。真っ直ぐ凛と前を見て、何事にも動じず夫と国を守るために尽くさないといけないのだ。
「ごめんなさい。わたしはシエル様にもっと愛されたい……誰も見て欲しくない。あなたが思うノエリアじゃなくなっている。わたしは浅ましいのです」
「ノエリア!」
シエルの腕を振りほどいて、ノエリアは駆けだした。名を呼ぶ声も聞こえないようにして。
(もうすぐ夕食の時間になるのね)
なんだかとても疲れる一日だったと思う。
カーラに嫉妬をして自己嫌悪に陥ったり、マリウスに告白されたり。しかし、マリウスとの会話はノエリアの背中を押すにはじゅうぶんだった。
(マリウス様には勇気を貰った気がする)
ノエリアは、化粧を直すと部屋を出てシエルとリウたち側近たちがいる王宮内の棟へと移動することにした。途中、厨房へ寄り焼き菓子を貰う。シエルたちへ差し入れをしたいことを告げると料理人たちは驚きながらも用意をしてくれた。
ティーセットと焼き菓子を乗せたワゴンを押しながら、教えてもらった部屋をノックする。
「ノエリアです」
そう声をかけるとドアが開いた。出てきたのはノエリアの姿を見て驚くシエルだった。
「あっ、ごきげんよう、シエル様」
「なんだ、どうしたんだ。声がきみだったからびっくりした……こんなところに。なに、ワゴンを押してきたのか?」
困惑気味のシエルを見てノエリアは少し後悔をした。押し掛けるようにして来てしまって、シエルに迷惑をかけている。シエルは部屋に入れてくれず、後ろ手でドアを閉める。
中では重要な話をしているのだろうから、シエルの婚約者であろうと部外者を入れるわけにはいけないだろう。
「ごめんなさい、あの。差し入れをと思って……空腹でないかと」
「もうすぐ夕食だから……いや、いただくよ、皆も喜ぶだろう。ありがとう」
ドアに寄りかかって腕組みをしたシエルはノエリアを見た。数日ぶりに見たシエルはちょっと前髪が伸びた気がする。少しだけ目を合わせてノエリアは恥ずかしくて下を向いてしまった。
(きっと、なにしに来たんだって思われている。ひとに迷惑をかけることが勇気じゃないでしょう)
いたたまれなくなり、ノエリアは色が変わるほど手を握りしめた。
「ごめんなさい、お邪魔をして」
「……いや」
「あの、お菓子をありがとうございました。それだけ言いたくて……もう行きますね」
いつまでもここに引き留めるわけにはいかない。自分が来たことは中の皆に分かったのだから、わがままな女だと思われるのはシエルにとってもいいことではない。
笑顔を作り、その場から立ち去るべくシエルに背を向けた。
「待て、ノエリア」
シエルに手を捕まれる。
「ご、ごめんなさい。邪魔をして……ただお顔を見たかっただけなの」
「なんだか様子が変だ。どうした。なにかあったのか?」
お気持ちをシエル陛下にきちんとお伝えしては? マリウスの声が頭に響く。
「……わ、たし。シエル様が好き、大好きです。嫌われたくないです」
顔を見たらたぶん言えなくなる。どうしてこんな風になってしまったのだろう。毎日、シエルの愛の言葉だけを聞き信じていたかったのに。
「シエル様が」
(自分の思いだけをぶつけてそれでいいの?)
止められなかった。ノエリアは目に涙が溜まっているのを見られたくなくてたくさん瞬きをした。
「シエル様が誰か……わたし以外の女性を……おそばに置きたがっても、我慢できるか分かりません。わたし、わたしは」
「ノエリア?」
「シエル様を独り占め、したいんです」
口にしてしまった言葉に震えが走る。言ってしまった。口元を隠すように爪を噛むと、シエルが両腕を掴んでノエリアを正面から見た。
「なにを言っている? どうしたんだ、きみは俺の妻になるのだろう? 違うのか」
(なにも違わない。その通りなの……シエル様は悪くない。わたしには自覚も自信もないのよ)
ドラザーヌの王妃となる。だから夫である国王に妾がいても狼狽えてはならないのだ。真っ直ぐ凛と前を見て、何事にも動じず夫と国を守るために尽くさないといけないのだ。
「ごめんなさい。わたしはシエル様にもっと愛されたい……誰も見て欲しくない。あなたが思うノエリアじゃなくなっている。わたしは浅ましいのです」
「ノエリア!」
シエルの腕を振りほどいて、ノエリアは駆けだした。名を呼ぶ声も聞こえないようにして。