隻眼王の愛のすべて  < コウ伝 >
涙と鼻水にまみれたノエリアの顔をカーラは真っ赤な顔で見返して、恥ずかしそうに口元に手をやる。そして、人差し指を立てた。

「わたしが好きなのは、リウ様です!」

「うそ」

「嘘じゃないです! もうっ信じられない。ノエリア様は本当にぼんやりしていますねっ!」

「ええ~」

勘違いをしていただけでぼんやりとは違うのではないかと思ったが、小声でそんなやり取りをしていたら、リウがドアをコンコンと叩いた。

「カーラ殿。お礼だけ言いたかったので、わたしは仕事に戻りますね」

「は、はい!」

カーラが返事をする。本当はリウを追いかけたいのだろう、足がドアへ向かっているけれどノエリアを放置できないと思ったのか、留まった。

「え、うそ。ごめんなさい……なんてことなの、わたし。ごめんなさい、カーラ。許してください」

「本当に、なにをおっしゃっているのでしょう……信じられないわ……」

「あっ、いいのよ、リウ様のところへ行っても!」

「行かないです! かっ片思いですから」

ノエリアも羞恥で真っ赤になった。カーラは「鼻水を拭いてください」とハンカチを貸してくれた。
カーラはドアを閉めにいき、そしてすぐノエリアへ向き直る。ふうと息をつくと、真っ赤だった顔色が落ち着いてきていた。

「いまはこっちの誤解を解くべきだわ……信じられません。ノエリア様、わたしがシエル様を好きだと思っていらしたの?」

「だ、だって、わたし付き侍女の申し出の時に、シエル様に近い方がいい、守られているって素敵だと言っていたじゃない。だから……」

「リウ様はシエル様の側近、一番の理解者で友人ではありませんか。シエル様がいるところリウ様あり。国王の陰になり日向になり寄り添うリウ様。本当に素敵だわ。あの青い瞳に吸い込まれてしまうの」

手を組んで空を見つめるカーラ。きっとリウが見えているのだろうけれどそこには天井しかない。

「まぁ、たしかに国王の妻は魅力的だと思ったこともありましたし、シエル様はとっても素敵な方だけれど、妾になるつもりなんかさらさらありません! この国では妾は子を産んでも財産相続の権限もないのです。わたし、一番目じゃなきゃ嫌です」

たしかに国の法律ではそうなっている。
カーラの剣幕に圧倒されるノエリアだった。そして自分がなにを勘違いしていたのかと改めて猛烈に恥ずかしくなった。

「……それは、その、わたしもそう思う……」

あんなに悩んで同じようなことをシエルに言ったのに、カーラはいとも簡単に「一番じゃなきゃ嫌だ」と言う。

(なんてわたし、うじうじと悩んでばかりで情けない)

「カーラもマリウス様も、本当に真っ直ぐね……羨ましいくらい」

「なにをまたぶつぶつ独り言を。勝手に考えて勝手に勘違いして、ひとりで泣かないでください。涙と鼻水まみれになる前に、今度からはこのカーラにおっしゃって!」

「……ハイ……」

「酷いお顔ですから洗ってきてください。お化粧を直しましょう」

カーラに促されて顔を洗い、すっきりしたところで鏡台の前に座り、身だしなみを整えた。
カーラはまだ腹に据えかねる表情だ。怒らせてしまったのだから当たり前だと思う。

「あの、カーラ。ごめんなさい。わたし、本当に酷いことを言いました」

勘違いとはいえ、カーラに不快な言葉を投げつけたのだ。きちんとした謝罪をしなければいけない。

「嫌だったら、わたし付きの侍女を解いて貰います。本当にごめんなさい」

ノエリアは頭を垂れた。
ひとりで大騒ぎをして、本当に馬鹿だと思う。カーラはハンカチを畳みながら眉間にしわを寄せる。

「またほら、ノエリア様どうしてそう勝手に悪いほうに考えるのですか」

「だって」

「別に嫌だなんて言ってないです。それに、これでおあいこ」

「おあいこ?」

なんのことかと首を傾げたが、カーラが苦笑した。

「晩餐会のこと、これでおあいこです。なんて」

苦い思いをしたもの同士ということだろうか。たしかに、晩餐会ではカーラがノエリアを罵ったのだから。

「わたしのほうがノエリア様に酷いことを申し上げましたが。……あの時は本当に……ごめんなさい」

カーラはノエリアの髪を梳きながら頭を垂れた。今この瞬間ふたりは、身分は関係なくただの女性だった。名前をつけるとしたらこれを友情というのかもしれなかった。
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