隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
ノエリアは、国王であるシエルの婚約者として王宮に入っている。
ふたりの結婚は決定事項ではあるのだが、内情はシエルがノエリアと少しの間も離れていたくないと怖い顔をして側近たちに言ったからである。ヒルヴェラ家としてはなんら問題がなかったのでこうしてノエリアは王宮で過ごしているわけなのだ。
婚儀の正式な日取りは未定だが、ノエリアとしては早く結婚したかった。シエルの国務が忙しすぎてなかなか決まらないのである。それに、ノエリアが貧乏貴族出身ということでシエルとの結婚に難色を示す意見もあったとのこと。しかしシエルはノエリアじゃないと結婚しないとまで断言しているので反対意見は効力がない。
ただのんびりとした時間を過ごすわけでは決してなく、ノエリアは準備期間として王妃に必要な様々なことを教育されることになった。身分の高い貴族令嬢は、行儀など見習いとして自国または隣国の王女や王妃付き侍女として努めることもある。しかしノエリアは没落寸前貧乏貴族出身で社交界も出られずに暮らしていた。もちろん人前で恥ずかしくない程度のマナーはもともと身についているけれど、やはりヒルヴェラ家で暮らしていたときとは勝手が違う。
マナーなどを教育する女官が別にいるが、歴史など学問についてはリウが買って出てくれている。
ドラザーヌ王国の貴族令嬢は十七歳で社交界に出るが、ノエリアは現在二十五歳。シエルに見初められなければ山奥にある大きいだけのヒルヴェラの屋敷でいつ潰れるか分からない薬草業を営みながら一生を過ごすところだった。
去年の夏、年に一度の大規模国境警備の際にシエルは山賊に襲われヒルヴェラの屋敷に助けを求めてきた。そこでふたりは出会い、心を通わせた。辛く苦しい出来事もあったけれど、いまのふたりがあるのもあの日々のおかげだ。
そしてふたりの恋の奇跡は王国の女性たちの間で憧れの物語となっている。
「ノエリア様はやればできるお方ですよ。ほかの学問はよくできていらっしゃるじゃないですか。さすがですよ。歴史が少し苦手のようですね」
「……がんばります」
たしかに、勉強が嫌いなわけではない。歴史に興味がなかったので頭に入らないだけだ。そして、勉強に集中できないのは他にも理由があって……。うなだれるノエリアにリウが苦笑する。
「では、今日はこのへんにいたしましょうか。わたしは陛下と打ち合わせがございますので」
リウが席を立ったので、ノエリアは顔を上げた。
「ね、ねぇ、リウ様。シエル様は……陛下は元気なのですか?」
王宮に入ってから、ノエリアとリウの関係性も変化した。なんでも相談に乗ってくれる兄がひとり増えたようだ。
「ええ、元気です。髪や肌つやもよく声のかすれもありません」
どんな状況報告なのだと思ったが、元気なら安心だ。健康状態は一番気になることだから。
「リウ様はいいなぁ。毎日シエル様に会えて」
ノエリアがこんなことを言うのは相手がリウだから。ほかの者には言えない。
「いま少し業務が立て込んでおりますからね……たしか、今夜はお時間あったはずですよ」
「そ、そうなの? もう三日も顔を見ていなくて……忙しいのは分かるのだけれど」
一応、お互いの部屋はあるが、リビングと寝室は一緒なのだ。それなのに、シエルは仕事のあと真夜中や明け方にベッドに入るとノエリアを起こしてしまうからと気遣って別室で眠っているのだ。必然的に、顔を合わせなくなってしまう。そうなると、目覚めも食事もひとりだ。
勉強に集中できないのは、寂しいからだ。ずっとシエルのことばかりを考えている。だからノエリアの頭には歴代国王の名前なんか入る余地はないのだ。
せっかくそばにいるのに会えないしなにをしているのか分からない。触れて抱き合い、一緒に眠りたいのに。
ふたりの結婚は決定事項ではあるのだが、内情はシエルがノエリアと少しの間も離れていたくないと怖い顔をして側近たちに言ったからである。ヒルヴェラ家としてはなんら問題がなかったのでこうしてノエリアは王宮で過ごしているわけなのだ。
婚儀の正式な日取りは未定だが、ノエリアとしては早く結婚したかった。シエルの国務が忙しすぎてなかなか決まらないのである。それに、ノエリアが貧乏貴族出身ということでシエルとの結婚に難色を示す意見もあったとのこと。しかしシエルはノエリアじゃないと結婚しないとまで断言しているので反対意見は効力がない。
ただのんびりとした時間を過ごすわけでは決してなく、ノエリアは準備期間として王妃に必要な様々なことを教育されることになった。身分の高い貴族令嬢は、行儀など見習いとして自国または隣国の王女や王妃付き侍女として努めることもある。しかしノエリアは没落寸前貧乏貴族出身で社交界も出られずに暮らしていた。もちろん人前で恥ずかしくない程度のマナーはもともと身についているけれど、やはりヒルヴェラ家で暮らしていたときとは勝手が違う。
マナーなどを教育する女官が別にいるが、歴史など学問についてはリウが買って出てくれている。
ドラザーヌ王国の貴族令嬢は十七歳で社交界に出るが、ノエリアは現在二十五歳。シエルに見初められなければ山奥にある大きいだけのヒルヴェラの屋敷でいつ潰れるか分からない薬草業を営みながら一生を過ごすところだった。
去年の夏、年に一度の大規模国境警備の際にシエルは山賊に襲われヒルヴェラの屋敷に助けを求めてきた。そこでふたりは出会い、心を通わせた。辛く苦しい出来事もあったけれど、いまのふたりがあるのもあの日々のおかげだ。
そしてふたりの恋の奇跡は王国の女性たちの間で憧れの物語となっている。
「ノエリア様はやればできるお方ですよ。ほかの学問はよくできていらっしゃるじゃないですか。さすがですよ。歴史が少し苦手のようですね」
「……がんばります」
たしかに、勉強が嫌いなわけではない。歴史に興味がなかったので頭に入らないだけだ。そして、勉強に集中できないのは他にも理由があって……。うなだれるノエリアにリウが苦笑する。
「では、今日はこのへんにいたしましょうか。わたしは陛下と打ち合わせがございますので」
リウが席を立ったので、ノエリアは顔を上げた。
「ね、ねぇ、リウ様。シエル様は……陛下は元気なのですか?」
王宮に入ってから、ノエリアとリウの関係性も変化した。なんでも相談に乗ってくれる兄がひとり増えたようだ。
「ええ、元気です。髪や肌つやもよく声のかすれもありません」
どんな状況報告なのだと思ったが、元気なら安心だ。健康状態は一番気になることだから。
「リウ様はいいなぁ。毎日シエル様に会えて」
ノエリアがこんなことを言うのは相手がリウだから。ほかの者には言えない。
「いま少し業務が立て込んでおりますからね……たしか、今夜はお時間あったはずですよ」
「そ、そうなの? もう三日も顔を見ていなくて……忙しいのは分かるのだけれど」
一応、お互いの部屋はあるが、リビングと寝室は一緒なのだ。それなのに、シエルは仕事のあと真夜中や明け方にベッドに入るとノエリアを起こしてしまうからと気遣って別室で眠っているのだ。必然的に、顔を合わせなくなってしまう。そうなると、目覚めも食事もひとりだ。
勉強に集中できないのは、寂しいからだ。ずっとシエルのことばかりを考えている。だからノエリアの頭には歴代国王の名前なんか入る余地はないのだ。
せっかくそばにいるのに会えないしなにをしているのか分からない。触れて抱き合い、一緒に眠りたいのに。