隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
「じゃあ手紙はノエリアが読んで聞かせてくれないか」
シエルが手を引きソファまで導いたのでノエリアは大人しく従う。
「数日ぶりに会ったと思ったら、おかしなことを言われた」
「ご、ごめんなさい。押し掛けるようにして。嫌でしたよね、呆れたでしょう」
「いいや。会いに来てくれて俺は嬉しかったけれど。なのに、あれはないだろう」
押し掛けたことに対しては怒っていないようだが、ノエリアは反省しかない。
「わたしが悪いんです……手紙にはその謝罪を書きまして」
ノエリアは封筒を手にしたまま項垂れた。丁寧にしたためたつもりだったけれど、なにかよくないことでも書いただろうか。ふと指でなぞった封筒は開封されていた。
「冗談だ、読んだよ」
シエルは肘掛けに頬杖をつく。美しい瞳には燭台の炎が揺らめいていた。なんて美しいのかと見ていたが、美しければ美しいほどにノエリアはなおさらに自分の心が醜く思える。
「まさか、そんな勘違いをするとはな。俺がいくらきみを愛していると言っても通じないなら、まるで物言わぬ花に声をかけているみたいじゃないか」
「うう。ごめんなさい。噂を耳にして不安になってしまって……カーラにも迷惑を」
「まさか本人に言ったのか? カーラのことだ、怒られただろう」
「怒られました。喧嘩にはなりませんでしたけれど……」
消えてしまいたい。シエルはため息をついたので、ノエリアはますます肩を竦めた。
「彼女を見ていれば誰に気持ちがあるのか分かるだろうに」
驚いて顔を上げたらシエルが笑っていた。全部知っているような表情で。
「たぶん、気づいていないのはリウだけだ。あれこれと手続きをしていたのに見ていたのは物事の行く末だけだったか。真面目な男だ」
「リウ様、あんなに有能なのにカーラの気持ちに気付かないなんて」
「他人事のように言うが、それはきみも同じだろう。カーラのことも、俺の気持ちも」
そう言われて、ノエリアはなにも言えない。
「どれだけ言っても足りなかったか。好きだって」
ノエリアは首を横に振った。分かっていたはず。それなのに疑ったのは不安のせいだけれど自分が全部悪いのだ。
「ごめんなさい」
「安心できるようにきちんと言おう。妾なんか必要ないし、俺はノエリア以外いらない」
かつて告白をしてくれたシエルと少しも変わらず、左右違う色をした美しい瞳と真っ直ぐな思いがノエリアを包む。
(ただの噂だったのに、勝手に不安になってわたしはなんて馬鹿なのだろう)
「信じられないか、俺が」
「信じられます。シエル様はなにも悪くないの。わたしが強欲で、嫉妬深かったの……わたしだけを見ていて欲しくて」
ノエリアはおずおずとシエルの目元を指先でなぞる。
「愛することを知ったら、不安になるんですね。愛おしいから」
(わたしだけのもの)
「シエル様を独り占めしたくて」
「俺だってノエリアを独り占めしたい。ほかの男が見るのさえ嫌だ。本当は閉じこめておきたいくらい」
「怖いですね。でも、シエル様ならいいかも」
シエルの顔が近付いて吐息が唇に触れ、焦らすように瞳を覗き込んだまま「愛しているんだ」と言う。そして、まるで言葉を吐息ごと注ぎ込むような口づけに目眩がする。
寝室へ行く間も惜しいのか、シエルはノエリアを膝に乗せ首筋や胸に愛撫を繰り返す。少し乱暴で熱くて、それが嬉しい。
分かっていたはずなのに、どうして疑ったりしたのだろう。
彼を愛し、自分ができることをして支えていけばいいのに。
ノエリアは乱れる甘い吐息の中で、シエルの名を何度も呼んでいた。