隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
ソラゾが攻めてくるとの情報から動きがないまま、不安だけが募る日が続いた。
シエルは相変わらず自室に戻らず、ノエリアと過ごす時間が無かった。
ひとつ王宮内でまことしやかに囁かれていることがある。それは、「ガルデから来たマリウス騎士団長の瞳が緑色なのはどういうことか」---
知っていてもベラベラと内情を言いふらす者がいないことが幸いで、しかしマリウスを見てば当然疑問に思うことだ。
前国王もマリウスの母も他界しており、真実を知る人間はいない。マリウスの緑の瞳だけが動かぬ証拠であった。シエルがどう思っているのか、誰も分からない。
今朝は朝から、サラとカーラに手伝って貰いノエリアはキッチンで粉まみれになっている。
「ノエリア様、ジャムの分量このぐらいでよろしいですか?」
「カーラ、それ入れすぎ……」
小分けするための皿に並々と盛られた苺ジャムを見てノエリアは苦笑した。サラは小麦粉が舞いくしゃみをしていた。
「ずず……。カーラ様ってなんでもできるのにお料理はちょっと……」
「サラ様、それ他のひとに言わないでくださいねっ だって料理はしたことがなくて!」
「わたしもサラ様と同じで料理はあまり……クション」
ふたりとも貴族令嬢だからなのか、それともノエリアが特殊なのかは分からないが。それでもサラとカーラはノエリアの手ほどきを受けながら楽しそうに作業をしている。
ノエリアもウキウキして楽しかった。
「わたしはヒルヴェラの屋敷で毎日作っていましたからね。料理は得意なの」
いままでサラとカーラに世話になりっぱなしだったので、料理はノエリアが教えることができる。料理人の腕前とまではいかないが。
「焼き菓子を自分で作ってティータイムに食べるのは楽しいでしょうね」
「ジャムやクリームを好きなだけつけて食べられるもの」
太っちゃいますねなどと笑いながら材料をかき混ぜ、型に流し込み焼いていくのだ。
なぜこんなことをしているのかというと、ノエリアとカーラが盛り上がってしまったから。
「会えないならばこちらから行っちゃいましょう」
忙しいから、会えないから。そんな風に暗い気持ちになるのなら、先日ノエリアが勢い余って押し掛けたときみたいにして会いに行けばいいのだ。
「雰囲気が緊張していたら挨拶だけして戻ってきましょうね」
「そうね。迷惑だと思うひともいるかもしれないから……甘いものを届けて少し心を休ませて欲しいし、顔が見られればそれでいいもの」
ノエリアは、カーラと目を合わせて頷く。
「戦っているのだから」
馬上で剣を構えているのではないが、戦いのために様々話を重ねているだろう。
お茶を運ぶなど、使用人に任せればいいのにと言われるかもしれない。けれどそれではなにも分からない。
カーラもリウと会いたいだろうから。
出来上がったティータイム用の焼き菓子、そして苺と林檎のジャムケーキ。
(懐かしいな。ヒルヴェラの屋敷で介抱していたときにシエル様に作ってあげたことを思い出すな)
限られた材料で作った素朴なジャムケーキだった。シエルは美味しいと言ってくれ、そして楽しい時間を過ごしたのだ。
ノエリアは綻んだ口元を引き結ぶ。
現状、緊張感に包まれた毎日であることには変わりない。だからこそこのような小さなことでもいいからなにかしないではいられなかった。
準備が整うと、早めの昼食を三人で済ませてから事前に聞いていたシエルたちが食事をしているという広間に向かうことにする。食事の時間のほうが、話し合いの最中に行くよりも迷惑にならないと思ったし、差し入れをしやすい。
ドラザーヌの王宮はとにかく広いので、目的の部屋にたどり着くまでに距離を歩かなければいけない。
「南棟から北棟までワゴンを押して行くにも骨が折れますね。馬車でも乗りたい気分」
「カーラ様の言うとおり。いまさら気付いたのですけれど、北棟キッチンをお借りすればよかったですね……」
なぜ誰も気付かないのか、考えたらそうだ。三人で顔を合わせて小さく笑った。
「どうしてそうなるんだ! 大体なぜそんなことをお前が知っているんだ」
廊下を曲がったところで、部屋の前で背の高い男性が二人いてなにやら揉めているようだ。
「あれ、シエル様では?」
サラに言われて移動してみると確かにシエルの後ろ姿。誰かと話しているのだが影になりよく分からなかったので背伸びをして見てみるとマリウスの姿が見えた。
「陛下がノエリア様を放置していれば誰かに取られますよって話ですよ」
(わたしのこと?)
「揉め事の原因はノエリア様ですねぇ」
カーラが言う。なんだろう、自分はなにかまた迷惑をかけることをしただろうか。ノエリアの背中に冷たいものが走る。国の緊急事態だというのに。
シエルは相変わらず自室に戻らず、ノエリアと過ごす時間が無かった。
ひとつ王宮内でまことしやかに囁かれていることがある。それは、「ガルデから来たマリウス騎士団長の瞳が緑色なのはどういうことか」---
知っていてもベラベラと内情を言いふらす者がいないことが幸いで、しかしマリウスを見てば当然疑問に思うことだ。
前国王もマリウスの母も他界しており、真実を知る人間はいない。マリウスの緑の瞳だけが動かぬ証拠であった。シエルがどう思っているのか、誰も分からない。
今朝は朝から、サラとカーラに手伝って貰いノエリアはキッチンで粉まみれになっている。
「ノエリア様、ジャムの分量このぐらいでよろしいですか?」
「カーラ、それ入れすぎ……」
小分けするための皿に並々と盛られた苺ジャムを見てノエリアは苦笑した。サラは小麦粉が舞いくしゃみをしていた。
「ずず……。カーラ様ってなんでもできるのにお料理はちょっと……」
「サラ様、それ他のひとに言わないでくださいねっ だって料理はしたことがなくて!」
「わたしもサラ様と同じで料理はあまり……クション」
ふたりとも貴族令嬢だからなのか、それともノエリアが特殊なのかは分からないが。それでもサラとカーラはノエリアの手ほどきを受けながら楽しそうに作業をしている。
ノエリアもウキウキして楽しかった。
「わたしはヒルヴェラの屋敷で毎日作っていましたからね。料理は得意なの」
いままでサラとカーラに世話になりっぱなしだったので、料理はノエリアが教えることができる。料理人の腕前とまではいかないが。
「焼き菓子を自分で作ってティータイムに食べるのは楽しいでしょうね」
「ジャムやクリームを好きなだけつけて食べられるもの」
太っちゃいますねなどと笑いながら材料をかき混ぜ、型に流し込み焼いていくのだ。
なぜこんなことをしているのかというと、ノエリアとカーラが盛り上がってしまったから。
「会えないならばこちらから行っちゃいましょう」
忙しいから、会えないから。そんな風に暗い気持ちになるのなら、先日ノエリアが勢い余って押し掛けたときみたいにして会いに行けばいいのだ。
「雰囲気が緊張していたら挨拶だけして戻ってきましょうね」
「そうね。迷惑だと思うひともいるかもしれないから……甘いものを届けて少し心を休ませて欲しいし、顔が見られればそれでいいもの」
ノエリアは、カーラと目を合わせて頷く。
「戦っているのだから」
馬上で剣を構えているのではないが、戦いのために様々話を重ねているだろう。
お茶を運ぶなど、使用人に任せればいいのにと言われるかもしれない。けれどそれではなにも分からない。
カーラもリウと会いたいだろうから。
出来上がったティータイム用の焼き菓子、そして苺と林檎のジャムケーキ。
(懐かしいな。ヒルヴェラの屋敷で介抱していたときにシエル様に作ってあげたことを思い出すな)
限られた材料で作った素朴なジャムケーキだった。シエルは美味しいと言ってくれ、そして楽しい時間を過ごしたのだ。
ノエリアは綻んだ口元を引き結ぶ。
現状、緊張感に包まれた毎日であることには変わりない。だからこそこのような小さなことでもいいからなにかしないではいられなかった。
準備が整うと、早めの昼食を三人で済ませてから事前に聞いていたシエルたちが食事をしているという広間に向かうことにする。食事の時間のほうが、話し合いの最中に行くよりも迷惑にならないと思ったし、差し入れをしやすい。
ドラザーヌの王宮はとにかく広いので、目的の部屋にたどり着くまでに距離を歩かなければいけない。
「南棟から北棟までワゴンを押して行くにも骨が折れますね。馬車でも乗りたい気分」
「カーラ様の言うとおり。いまさら気付いたのですけれど、北棟キッチンをお借りすればよかったですね……」
なぜ誰も気付かないのか、考えたらそうだ。三人で顔を合わせて小さく笑った。
「どうしてそうなるんだ! 大体なぜそんなことをお前が知っているんだ」
廊下を曲がったところで、部屋の前で背の高い男性が二人いてなにやら揉めているようだ。
「あれ、シエル様では?」
サラに言われて移動してみると確かにシエルの後ろ姿。誰かと話しているのだが影になりよく分からなかったので背伸びをして見てみるとマリウスの姿が見えた。
「陛下がノエリア様を放置していれば誰かに取られますよって話ですよ」
(わたしのこと?)
「揉め事の原因はノエリア様ですねぇ」
カーラが言う。なんだろう、自分はなにかまた迷惑をかけることをしただろうか。ノエリアの背中に冷たいものが走る。国の緊急事態だというのに。