隻眼王の愛のすべて  < コウ伝 >
「忙しいのだから仕方がないだろう」

「お可哀想に。泣いておられた」

「だから! なんでお前がそれを!」

兄弟喧嘩ではないか。ノエリアはワゴンを前に突き飛ばしながら思わずシエルのところへ駆け寄った。

「シ、シエル様!」

「ノエリア? どうしたんだ」

「おや、噂をすれば」

「お茶とお菓子をお持ちしたんです。ケーキも焼いたので……カーラ、サラ、中にお持ちしてくださる?」

ノエリアはふたりにそう指示してから、シエルとマリウスに向き直った。

「ちょっと聞こえちゃいましたけれど、シエル様。わ、わたしなにかしましたか?」

シエルは腕組みをして眉間にしわを寄せている。

(怒っているじゃないの……)

「マリウスが、ここは自分に任せて部屋に帰れと言うからなにかと思えば、きみが寂しがっているからと」

ノエリアはマリウスを見て首を傾げ苦笑した。

「マ、マリウス様?」

「いやね、ノエリア様。もう何日もここに詰めているじゃないですか。緊急時なので仕方ないとは思っていますが、俺やリウ様は平気だがシエル陛下にはノエリア様がいらっしゃる。少しでも会いに行かれたらと言ったのですよ」

温室でノエリアが吐露したことでマリウスは気遣ってくれたのだろう。しかし、シエルがご立腹であるのはどういうわけか。
シエルとマリウスが話しているそばでおろおろしていると、後ろから声をかけられた。

「ノエリア様。ごきげんよう」

リウだ。後ろには嬉しそうにしているカーラがくっついている。

「あれ? なんか喧嘩しているんですか?」

リウはカーラに聞いたのかシエルとマリウスを指さして小声で言った。ノエリアは無言で頷いた。

「なんでノエリアが寂しがっていると分かるんだ」

「見ていれば分かります」

「なんだ、俺が知らないところでノエリアに会ったのか。俺が会えないのに」

疲れてイライラしているのかもしれない。

(シエル様、マリウス様に対して国王という顔より……リウ様と言い合いをしている時に似ている)

不安そうにしているとリウが安心させるように言った。

「マリウス様はとても頭が切れさすがガルデの騎士団長。シエル様もそれを認めていましてここ数日でかなり心を許し話すようになりました」

たしかのその通りだ。
リウも、主と側近の関係はあれど気心の知れた相手だから、シエルも率直に言い合う仲だ。友達か家族のようだと感じたこともある。マリウスに対してもそれと同じだと思ったのだが。

「ノエリア様。わたしが思うに」

リウが考えるように腕組みをして唸った。

「シエル様のやきもちですね」
「やきもち?」
「不器用なのは変わりませんね。ノエリア様のことを言われてちょっとカチンときてしまったのですね」

うんうんとひとり納得しているリウ。それを横から幸せそうに見上げるカーラ。ちょっとよく理解ができないノエリアは首を傾げまくった。

「ノエリア様を、マリウス様に取られそうだとか思っているんじゃないですか」

どうしてそうなるのだろうか。

「ノエリア様が勘違いした妾の話の時と似ていますよ」

「え、そんな話があったのですか? わたしは知りませんが誰のお妾なのだろう」

「ちょっと、カーラ」

ノエリアが窘めるとカーラは肩をすくめた。
皆の目が気になったのか、黙っていたシエルが咳払いをする。マリウスを正面から見る。

「マリウスが、自分に任せろなどとでしゃばる真似をするからだ」

「俺は、兄上が……」

思わず出てしまったのか、マリウスが口を噤む。
シエルはじっとマリウスを見てから、なにも答えずノエリアに視線を合わせることもなく広間へ戻ってしまった。
その背中を見送ったマリウスは苦笑して頭を掻いた。
リウはノエリアとカーラをマリウスから離すべく少し移動させて部屋を指さす。

「お茶とケーキはありがたくいただきます。昼食後に少し休憩をする予定だったので」

「なんだか……すみません」

「ノエリア様が謝ることではないでしょう。心配なさらず。ただの兄弟喧嘩ですよ」

呆れたようにリウはそう言い、部屋に戻ろうとした。そこへマリウスが来る。

「俺は、訓練棟に行ってきます。夕方には戻りますと陛下にお伝えください」

そう言い残し、走って行ってしまった。リウも部屋へ戻っていく。
ノエリアはカーラたちと一緒に長い廊下を歩き自分たちの部屋へ戻ることにした。

(ただ会いに来ただけだったのだけれど)

間の悪い時に来てしまった。

たとえば意見の違いから雰囲気が悪くなっていればすぐ帰るつもりだったが、まさか自分のことで喧嘩をしているなんて思ってもみなかった。
さきほどは心躍る気持ちでお茶とケーキを運んだ廊下。なんだか帰りは気が重くて遠く感じる。カーラもリウと良かっただろうけれど、ノエリアが押し黙っているので誰もなにも話そうとしなかった。
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