隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
そして五日後の朝、事態が動くことになる。
「誰か! 救護班!」
叫びながら走る使用人の声が響く廊下に出て見ると「伝令が怪我をしている」とのことだった。
「お兄様」
不安そうに兄を見ると、椅子から立ち上がり「行こう」とノエリアの手を取る。
伝令のために早馬を走らせたらしき青年は、迎えた者たちよって別室に運び込まれていた。
「怪我の状況は?」
「森を走ってきたために木々によってかすり傷があるようですが、重傷はありません。空腹で体力が落ちているだけですね」
平気だとその青年が言うので安堵が広がる。頬の切り傷から出血があったので、ノエリアが薬草の薬箱を用いて手当てをした。その手際を見ていた者たちが驚いていた。
ノエリアは、そういえばシエルをこうして手当てをしたなと思い出す。
「そして、状況は」
落ち着いたところを見計らい、ヴィリヨが声をかける。青年はマリウス率いる騎士団の者だった。
「思ったよりもソラゾ軍がドラザーヌに進入していて北側越境を食い止めるはずが……」
彼が語ったのは、ソラゾの執念の恐ろしさだった。
おそらく、ソラゾ軍の一部が国境侵入の情報が入った時は既に多くの兵力が越境していたのだということだった。数で勝てないのは火を見るよりも明らかだったが、ソラゾの戦闘技術は優れておりこちらに怪我人も多数出ているという。しかしドラザーヌとガルデの戦闘力は高いと最初から判断しているソラゾは完全に勝つために恐ろしい攻撃をしてきたという。
「ぶよぶよとした玉のようなものが飛んできたのです。最初は泥袋かと思いました。擲弾のごとくこちらへ打ち込んでくるのですが、しかし地面に弾け火を噴く様子もないので近寄って見てみると、中から腐った肉や骨が」
「肉や骨……?」
どういうことだろうと思っていると、騎士団員は溜息をつき青い顔をしながらこう言った。
「ソラゾ国内で疫病により死んだ人間や動物の……肉です」
その場にいる者たちが声を無くす。
投てきされ散らばったもののなかに、人間の頭や馬の脚などがあり、気づいた兵士がおののいたという。
腐った肉というだけでも不快だというのに、疫病にかかった死体を武器として使うなんて。精神的に多大なる打撃である。とにかく触れないように回避に努めているとのことだが、感染を恐れるものが続出し士気も低迷するのだという。
「信じられない……」
本当になりふり構わず過激で非道な行いだ。
「本来なら手厚く葬り哀悼を捧げるべきなのに、武器として使うなんて。ソラゾ反国王派軍リーダーは、悪魔だわ」
そんな状況下にいるシエルの身を案じることしかできない。
「人間も土壌も汚染して恐怖で支配し攻め落とすつもりか」
ヴィリヨは低い声で唸る。
「自分がここへ到着するころには、一時後退しているはずです」