隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
「お願い、もう一度」
シエル様を帰してください。
ノエリアの思いは声にならない。睫毛が風に揺れる刹那。
空が割れるような男たちの声が響き渡る。悲鳴とも取れるような大勢の声だった。
ノエリアは目を開けた。そして見えたものは、葦毛の馬に跨った黒髪の青年がこちらへ真っ直ぐに駆けてくる。
「シ、エル……」
持っていた松明を投げ捨て、騎馬の群れの真ん中を割り突っ切って、一直線に駆けてくる。あとを追ってリウとマリウスも。そしてシエルはノエリアがいるバルコニーの下まで来て馬を止めた。
「ノエリア!」
下から手を振るシエル。煤だらけの顔、乱れた黒髪。そして精悍な顔に嵌め込まれた左右色の違う瞳。王族の緑の瞳はノエリアを見て細められた。
バルコニーの柵から身を乗り出してノエリアは叫んだ。
「シエル様! もう、心配したっ」
一番に抱きしめたい笑顔に無事に会えて涙で喉が詰まり、声がうまく出なかった。
彼はにっこりと笑って「ノエリア」と名を呼ぶ。
「いま帰ったよ!」
まるでちょっとした用事で出かけてきたかのよう。帰ったよ、じゃないわ。
「おかえりなさい! おかえりなさい……心配したのよ!」
いますぐ彼のところに行きたくて、触れたくてノエリアは手を伸ばす。馬に乗ったシエルの手にもうちょっとで届くのに。
「あ、あぶな、ノエリア!」
シエルが叫び、後ろでサラとカーラが悲鳴を上げた。
あっと思ったときは遅かった。
ずるりとノエリアの体は柵を乗り越えて落ちていく。景色がひっくり返りゆっくりと流れる。
伸ばした手は力強い手が掴み、体は厚い胸に抱き留められる。馬上でノエリアを受け止めたことでバランスを崩したシエルはずり落ちて、ふたりは抱き合ったまま雪の上に転がった。
「シエル様! ノエリア様!」
リウが叫ぶ声、そしてまわりやバルコニーから降ってくる悲鳴。
シエルが下になって衝撃を弱めてくれたからさほど痛さは感じなかったけれど、驚きのあとにやってしまったと冷や汗が出る。
「いってー……」
「シエル様、だ、だいじょうぶ?!」
ノエリアは仰向けで額を押さえるシエルに馬乗りの状態で声をかけた。
バルコニーから落ちた衝撃と体重の全部を受け止めて更に落馬しているのだから、無傷では済まないのでは。無事に帰ることを祈っていたのにここで怪我をさせてしまっては最悪である。
「まったく……ノエリア、危ないじゃないか!」
「わぁ、ごめんなさい!」
「信じられない、上から降ってくるなんて……どうしてこんな無茶するんだ」
「ご、ごめんなさい、すぐにそばに……行きたくて……びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだ! どこも怪我ないか?」
「シエル様こそ、お怪我は……わたしは頑丈なので平気!」
起きあがったシエルはノエリアの頭についている雪を払ってくれる。お尻が冷たいけれどそんなのどうでもよかった。
「よ、よかった。無傷で帰って欲しいって祈っていたのに」
「大丈夫だ。いまので怪我はしていない。きみが無事でよかった」
緑色の瞳、左が見えない隻眼は苦笑しながらも真っ直ぐにノエリアを見つめる。
ああ、よかった、帰ってきた。わたしのシエル。
「おかえりなさい、シエル様」
「……ただいま」
シエル様を帰してください。
ノエリアの思いは声にならない。睫毛が風に揺れる刹那。
空が割れるような男たちの声が響き渡る。悲鳴とも取れるような大勢の声だった。
ノエリアは目を開けた。そして見えたものは、葦毛の馬に跨った黒髪の青年がこちらへ真っ直ぐに駆けてくる。
「シ、エル……」
持っていた松明を投げ捨て、騎馬の群れの真ん中を割り突っ切って、一直線に駆けてくる。あとを追ってリウとマリウスも。そしてシエルはノエリアがいるバルコニーの下まで来て馬を止めた。
「ノエリア!」
下から手を振るシエル。煤だらけの顔、乱れた黒髪。そして精悍な顔に嵌め込まれた左右色の違う瞳。王族の緑の瞳はノエリアを見て細められた。
バルコニーの柵から身を乗り出してノエリアは叫んだ。
「シエル様! もう、心配したっ」
一番に抱きしめたい笑顔に無事に会えて涙で喉が詰まり、声がうまく出なかった。
彼はにっこりと笑って「ノエリア」と名を呼ぶ。
「いま帰ったよ!」
まるでちょっとした用事で出かけてきたかのよう。帰ったよ、じゃないわ。
「おかえりなさい! おかえりなさい……心配したのよ!」
いますぐ彼のところに行きたくて、触れたくてノエリアは手を伸ばす。馬に乗ったシエルの手にもうちょっとで届くのに。
「あ、あぶな、ノエリア!」
シエルが叫び、後ろでサラとカーラが悲鳴を上げた。
あっと思ったときは遅かった。
ずるりとノエリアの体は柵を乗り越えて落ちていく。景色がひっくり返りゆっくりと流れる。
伸ばした手は力強い手が掴み、体は厚い胸に抱き留められる。馬上でノエリアを受け止めたことでバランスを崩したシエルはずり落ちて、ふたりは抱き合ったまま雪の上に転がった。
「シエル様! ノエリア様!」
リウが叫ぶ声、そしてまわりやバルコニーから降ってくる悲鳴。
シエルが下になって衝撃を弱めてくれたからさほど痛さは感じなかったけれど、驚きのあとにやってしまったと冷や汗が出る。
「いってー……」
「シエル様、だ、だいじょうぶ?!」
ノエリアは仰向けで額を押さえるシエルに馬乗りの状態で声をかけた。
バルコニーから落ちた衝撃と体重の全部を受け止めて更に落馬しているのだから、無傷では済まないのでは。無事に帰ることを祈っていたのにここで怪我をさせてしまっては最悪である。
「まったく……ノエリア、危ないじゃないか!」
「わぁ、ごめんなさい!」
「信じられない、上から降ってくるなんて……どうしてこんな無茶するんだ」
「ご、ごめんなさい、すぐにそばに……行きたくて……びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだ! どこも怪我ないか?」
「シエル様こそ、お怪我は……わたしは頑丈なので平気!」
起きあがったシエルはノエリアの頭についている雪を払ってくれる。お尻が冷たいけれどそんなのどうでもよかった。
「よ、よかった。無傷で帰って欲しいって祈っていたのに」
「大丈夫だ。いまので怪我はしていない。きみが無事でよかった」
緑色の瞳、左が見えない隻眼は苦笑しながらも真っ直ぐにノエリアを見つめる。
ああ、よかった、帰ってきた。わたしのシエル。
「おかえりなさい、シエル様」
「……ただいま」