隻眼王の愛のすべて  < コウ伝 >
首に腕を回してシエルの体を抱きしめる。そしてシエルはノエリアの体が折れそうなほど力いっぱい抱き寄せた。

シエルの背中越し、明け行く空に燃ゆるドラザーヌの森。

勝鬨をあげる騎士団たちと一緒に、リウもマリウスも炎を見ているが険しい表情だった。焦げ臭さが庭園に広がる。
シエルとノエリアは立ち上がって真っ赤な炎を上げる北側の森に視線をやった。

「皆があのように勝鬨をあげているのは、勝利したからですね」

ノエリアが見上げたシエルの表情もなぜか険しい。

「作戦のため一時後退だと聞きました。成功したのではないのですか?」

「成功、したよ。本当にこれでよかったのかは分からないが」

どういうことなのだろうか。ソラゾからここを守ったというのに、シエルは嬉しくなさそうだ。

「……あの炎の中に、ソラゾ軍がいる」

シエルの言葉に一瞬息を止めたノエリア。そばにいたリウとマリウスもシエルの言葉を聞いてこちらを向いた。
シエルに肩を抱かれたまま、いま一度ノエリアは森を見た。

「ソラゾの兵士は皆、疫病に罹患していたのです。とにかく中枢への突入、つまりは王宮です。守るためにはこうするしかありませんでした」

説明してくれるリウの顔にも険しさがある。ノエリアは、目的をなにも達成出来ずに絶命していく兵士たちを想像して苦しくなる。

「……国を救うために戦っていたのではなかったのですか。彼らも乱暴なことをするしかなかったのでしょうか」

ソラゾに同情するような発言はいけないのかもしれない。ノエリアは心の置き場所に迷い涙を零す。リウは言葉を続ける。

「狂った人間はなにをするか分かりません。こちらの話に聞く耳持たず。命を悲観し自暴自棄になったのか、とにかくどんな手を使ってでも薬と医療を奪いたかったのか」

「シエル陛下の、ここをなんとしても守る心に賛同したまで。ノエリア様、俺は陛下とリウ様、そしてたくさんのここを守るために戦った者たちを誇らしいと思います」

そう言ったマリウスの肩に手を乗せたシエルだった。

「あのままここへ到達させるわけにはいかない。なにがなんでも食い止めねばならない同情で追撃の手を緩めるわけにはいかないよ」

シエルは険しい表情を和らげて、ノエリアの涙を指で拭う。

「ノエリア、きみは優しいから思いを馳せて泣いてしまうんだな。もしも非道だと思うならそれもいいだろう。でも、きみはここにいるのだからなにも迷わなくていい。守るべき大切なものは他にあるわけじゃないんだ。この国にある」

見つめる燃える森の炎はなお大きくなる。ノエリアはシエルの手を取り、キスをした。

「同情したのではありません。わたしの涙は、無事に戻った命たちへの感謝の涙です」

「……そうか」

消えゆく命には心の中で追悼を。物語がない者などいないのだから。
燃えている北側の森は楕円形で、周囲に燃え広がる心配はないだろう。様子を伺っていた者たちはじっと見守っている。

「ここを守るためならば仕方がなかった」

守るための戦い。退けるための苦悩。

ソラゾも守るため、未来を拓くために戦った。守りたかっただろう。しかし負けた。
ノエリアはシエルの手を握る。大きくて逞しい強い手だ。見ると、人差し指に小さな火傷があった。あとで手当てをしなければいけない。その指をそっと唇に近付けて舐めてやる。
シエルはノエリアの頬を撫でる。そして口づけをくれた。

「終わったよ」

シエルの言葉に頷くノエリア。
ここで終わり。そしてまたこの国は新しく始まる。

燃える森から立ち昇る煙が、不安と悲しみの終焉であり、そして未来への狼煙に見えた。


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