隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
「陛下。褒美の話を覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんだ。決まっているなら聞くが」
マリウスは優しい愛おしそうな眼差しでシエルを見る。
「……兄上と、呼んでよろしいでしょうか」
申し出に驚いたノエリアはシエルを見上げた。なにを考えているのだろうと思ったけれど、彼は穏やかな微笑みを浮かべていて、黙って頷いた。
「俺の弟は、勇敢だった」
「……兄上」
「……マリウス、あのブローチはどうした」
シエルが手を出すとマリウスは懐から黒い巾着を出し、前国王がマリウスの母に与えたというリンドベリ王家の紋章が刻印されたブローチを渡す。
「少し前までは天涯孤独の身だと思っていたが、まさか弟がいたなんて。まだ驚いているんだ。分かってくれるか」
「俺は、兄上に会いたい一心で生きてきた。母が死んでひとりになっても、辛くても兄上がいると思ったらがんばることができた」
「マリウス。苦労かけたな」
「やっと自分の気持ちが言えた。兄上に会ったら言おうと思っていたんだ」
笑うマリウスの目には光るものがある。意外と泣き虫なのかもしれない。
シエルは手にしたブローチをマリウスのマントの胸に着けてやる。赤い宝石はマリウスの中心でキラリと光る。
「これからはいつでも会いに来たらいい。俺も会いに行こう。ノエリアと一緒に」
勇敢な騎士マリウスは、目にたくさんの涙を溜めていた。零さないように我慢しながら笑う。ノエリアは思わずもらい泣きするところだった。
「好きなものが一緒なのは、兄弟だからなのですね」
マリウスはシエルにそう言ったあと、ノエリアに向かって目配せをした。
「マ、マリウス様?」
「なんだ? 紅茶にジャムの話だろう?」
「そ、そうですね」
慌ててノエリアはそう返事をした。マリウスは笑っている。
続けて挨拶を済ませて、マリウスは馬に跨った。もう一度名残惜しそうにシエルとノエリアに視線を向けると手を振った。
遠ざかる背中は誇らしげで、先に進んでいた騎馬に合流してそして森に続く道へと消えて行った。
シエルがリウを呼び「先に戻れ」と伝える。
もうマリウスたちは見えないのに、シエルはずっと森を見ていた。ノエリアは隣に寄りそう。
どれだけそうしていただろう。
冷たくなってしまったノエリアの指に気付いてシエルがさすってくれたあと、何度も口付けをした。