隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
ソラゾとの戦いが終わり、一カ月後にシエルとノエリアの婚儀が定められた。
春になるまで待つ話も出たのだが、シエルが首を縦に振らなかった。国王がすぐだと言ったらすぐなので、とにかく早急に準備が整えられたのだ。
「ちょっと急ぎ過ぎじゃないかと言う貴族もいましたが」
リウがティーカップを持ちながら目を細めた。シエルが立腹しているがさほど気にする様子ではない。
「もう待てないし我慢ができない。本当はもっと早く結婚式をするはずだったのに」
「たって仕方ないじゃありませんか。いろいろと予定がずれこんでしまうことがたくさん起きたのですから」
ノエリアがシエルを宥める。カーラを王宮に迎え、それによって気持ちの行き違いがあった。そしてマリウスのこと。さらにはソラゾの戦い。短期間であったけれど、めまぐるしく様々なことがあった。
わがままを言っているように聞こえてしまうのは、いつもは冷静なシエルがノエリアのこととなると熱くなるからだ。
「シエル様、男は恋や家庭がうまくいっていると仕事が捗るといいますから」
「リウ、お前がそんなことを言うのか。ノエリアと婚約したあとにまるで邪魔をするかのように大量に仕事を持ってくるから」
「だから捗るときにしたほうがいいと思いまして。邪魔などしていませんよ」
リウは軽くあしらうようにして、カップの香りを楽しんだ。シエルが口を尖らせる。
今日は朝からいい天気で、午後のティータイムは温室で皆と過ごしている。
王都の店で買ってきた焼き菓子と、屋敷の改修が終わったのでヒルヴェラ領へ戻っていったヴィリヨが送ってくれた薬草茶、そしてマリエが作って送ってくれた林檎ジャム。
切り分けられた甘い香りのジャムケーキはノエリアが焼いた。
カーラはリウを気にしながら刺繍をしている。手袋の裾のあたりになにやら花模様を施しているようだった。
シエルとリウが話しているのを聞きながらも、ノエリアはカーラにそっと話しかけた。
「ねぇ、それって」
「な、内緒ですよ」
「男性に花柄?」
「お、おかしいでしょうか? リウ様に似合うと思うんです」
カーラが似合うと思うならそれでいいのだろう。
「あ、ここ糸がたごまってしまった」
「ノエリア様、ではここからちょっと糸を抜いて補修しましょう」
自分も刺繍をしたいと思い、カーラに手解きを受けている。彼女は教えるのが巧いから、ノエリアは裁縫が苦手だけれどもそれなりにできるようになってきた。
ノエリアは嬉しくて楽しくて、針を進める。
「ヒルヴェラの屋敷の改修と領土回復のあとにとおっしゃったのはシエル様ですよ」
「ずっと後回しにしたくせに」
「ヒルヴェラの森がとても魅力的で、わたしもヴィリヨ様と一緒になって研究が楽しくなってしまいましてね……意外に時間がかかってしまいましたからね」
「リウ様は仕事熱心ね。カーラ」
「そうですね」
こんな風にわがまま混じりのことを言えるのはリウにだけなのだ。シエルは冷静であるが皆の意見を汲み取ろうとするから、慎重過ぎるところがある。年長者の言うことにも耳を傾ける。忠告も一度は腹に落とし込んで考えるようにしているそうだ。
きちんと芯があるからできることなのだと思う。
(シエル様のとってもいいところなんだけれどな。自分の考えがずれていくのはもどかしいだろうに)